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アイドルLovers  作者: 愛田光希
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第六章 戸惑い

 瑛士に連れられてやってきたのは、いわゆるゲイバーと呼ばれる所だった。

 なるほど、確かにそういう人たちが集まる場所だ。

 瑛士は慣れた調子で、カウンター席に腰を下ろし、隣の席に座るように促した。

 ここでも瑛士は、バーのマスターに向かって、芳樹の分まで、勝手に飲み物を注文する。

「よく来るのか?」

 余りに慣れた様子なので、尋ねると、肯定が返ってきた。

「まあな。大抵、彼氏と一緒にやけど」

「ふーん」

 一種独特の雰囲気がある場所。その気配にのまれて、緊張する。ゲイバーだけあって、店内には男性の姿しかない。当たり前といえば、当たり前なのだが。それに、この店に入ってから、あちらこちらから、視線を感じるのだ。

「瑛ちゃんお待たせ。今日は、えらい美人連れて。浮気か?」

 カクテルを瑛士と芳樹の前にだしながら、カウンターの向こうに立つマスターが、笑顔を向けてくる。ハンサムだ。年齢は三十台後半くらいだろうか。店内が薄暗いので、分かりにくいが。

「ちゃう、ちゃう。コレは俺の高校の時からのツレ。今日はええ男を見つくろってやろう、思てここに来たんや」

「へぇ、彼なら選り取り見取りだろうに」

 マスターは不躾にならない程度に、芳樹へ視線を向けてくる。

 芳樹は困惑の表情を浮かべることしかできなかった。

「こいつは、純粋やねん。自分の魅力をこれっぽっちも分かってへんねん」

 芳樹の肩を掴んで、瑛士は力説する。芳樹は眉間に皺を寄せて、彼を見た。

「瑛士。酔ってないか?」

「酔うてへん。俺が酒強いこと、おまえ知ってるやろ」

「知ってるけど……」

 そんな会話を交わしている間に、マスターは他の客に呼ばれて、芳樹達の前からいなくなった。

「常連の中で、初心者のおまえに合う男を、数人見つくろったるから、そん中の誰かと、あれやこれやして来い」

「して来いって、あのさ。あれやこれやって、具体的に何すればいいんだよ」

 小声で問うと、呆れたと言わんばかりに溜息をつかれた。

 瑛士はそっと、芳樹の耳に口を近づけ、囁く。

「決まってるやろ。エッチなことや」

「そっ……」

 それは、ハードルが高すぎる。この場所にいるだけでも緊張しているのに、見ず知らずの誰かとエッチするなんて、考えられない。

 芳樹が一人焦っていると、瑛士の携帯電話に着信があった。

「ちょお、ごめん」

 瑛士は、椅子をくるりと動かして、芳樹に背を向ける。芳樹は、落ち着こうと、マスターの置いていった酒に手をつけた。

 口に含むと、爽やかな甘さが広がる。

 美味しい。

 隣では、瑛士がなにやら電話の相手と言い合っている。

 ちびちびと酒を飲みながら、見るとはなしに、横眼で瑛士を見ていたら、瑛士がいきなりこちらに向き直った。

「悪い。俺、急用できたから、行くわ」

「えっ? 行くわって。俺は?」

 慌てて声を上げた芳樹に、瑛士は椅子から下りながら答える。

「おまえをこっから一人で帰すんも怖いし、迎えよこすから。そいつが来るまで、ここにおれ。ほんで、絶対に、誰に何を言われても、ほいほいついて行かんように。ここはオオカミの巣やと思え。ええな」

 指をつきつけられて、芳樹は瑛士の迫力にたじたじとなり、頷いた。

「ほんなら行くわ。マスター勘定」

「あ、ちょっと」

 芳樹は引きとめるように、腰を浮かしたが、瑛士は見向きもしなかった。彼はマスターに芳樹の分の酒代も支払うと、店を飛び出していく。

「迎えって、誰が来るんだよ」

 芳樹は呆然としつつ、瑛士に聞きたかった疑問を、誰にともなく、呟いた。




 困った。これは、困った。

 芳樹は、瑛士に言われたとおり、最初に座った席についていた。

 瑛士が店を出て行ってすぐ、一人の男に話しかけられた。しどろもどろに対応していると、他の男が寄ってきた。

 今、芳樹はカウンター席に腰かけたまま、三人の男と対峙している。

「どう? これから、二人きりで、飲みにいかないか?」

「おい、先に声をかけたのは俺だぜ?」

 最初に、芳樹に声をかけてきた男が、最後に声をかけてきた男を睨む。

「でも、彼は嫌がっていたじゃないか。ねぇ」

 尋ねられて、芳樹は返答に窮した。

「まあまあ。彼が困っているだろう。ここは、一つ、俺達三人の中の誰がいいか。彼に決めてもらおう」

 二番目に声をかけてきた男が、驚きの提案をしてきて、芳樹は心底困り果てた。

 はっきり言って、誰について行く気もないのだ。迎えをよこすと瑛士が言っていたし、誰にもついて行くなとも言われた。

「あの、俺……」

 待ち合わせしている人がいるので。そう、言おうとした時だった。

 店のドアが勢いよく開かれた。

 店内の視線が一気に、ドアの方へ向く程の荒々しさだ。

 芳樹も反射的に、そちらへ顔を向けると、驚いて目を見開いた。

「何で?」

 知らずに声が漏れる。

 ドアを開いた人物は、鋭い視線で店内を見回して、三人の男に囲まれるようにして座る芳樹に目を止めた。

 彼は、大股で芳樹のもとへくると、三人の男の間に割って入り、芳樹の手首を掴んだ。

「悪いけど、こいつは俺のなんで」

 三人の男達を睨むと、唖然としている店内の人たちの間を縫うように、芳樹を連れて店を出る。




 寒い外を、引きずられるように、歩きながら、芳樹は自分の手首を掴む人物に声をかけた。

「ユ、ユウト。何でここに?」

 悠斗は唐突に立ち止り、芳樹を振り返ると、掴んでいた手首を離した。

 じんと、掴まれていた手首が痛い。

 悠斗の顔には怒りが満ちていた。

「それは、こっちの台詞だ。おまえ、ここがどういう場所か知ってて来たんだろ?」

 芳樹は、なぜか後ろめたい気持ちになって、悠斗から視線を逸らした。

「瑛士から電話があった。ヨシキがゲイバーで男を漁ってるってな」

 芳樹はぎょっとした。瑛士の奴、なんてことを悠斗に吹き込むんだ。

「ご、誤解だ」

「どう、誤解なんだよ。実際、おまえはゲイバーにいて、男に囲まれて、へらへら笑ってたじゃねーか。あの中の誰かと、どっか行こうと思ってたんじゃねーのか」

 へらへら笑っていたつもりはないが、悠斗にはそう見えたのだろうか。確かに相手を刺激しないように、笑顔でお断りを入れようと思っていたが。

 それにしても、何故、悠斗は怒っているのだろう。芳樹が、ゲイバーにいたことに嫌悪感を抱いているのか?

 そう思うと、悠斗の怒りが伝染したように、腹が立ってきた。

「もし、そうだとしても、別にユウトには関係ないじゃないか。俺の自由だろ」

 悠斗の視線に鋭さが増した。これは、かなり怒っている。

 悠斗は、怒りを吐き出すかのように大きく息を吐いた。芳樹はそんな悠斗の様子を黙って見つめる。

「なら、さっきの店に戻れよ。俺はとめねぇから」

 悠斗は、感情を押し殺したような声でそう言い捨てた。そのまま、芳樹に背を向けて歩き出す。悠斗の背がどんどんと遠ざかって行く。

 俺、見捨てられた?

 小さくなっていく背中に、焦りと恐怖を覚えて、芳樹は走った。

 走って来る足音に気づいているだろうに、悠斗は振り向かない。

「ユウト!」

 芳樹は、悠斗の真後ろに立ち、悠斗の右腕の袖を掴んだ。手が、震える。

 悠斗は足を止めて、ゆっくりと芳樹を振り返る。

 冷たい瞳に見つめられて、芳樹は泣きたくなった。悠斗の視線に耐えきれず、顔を俯ける。

「ユウト、ゴメン。男、漁ってたとか、嘘だから。本当は困ってたんだ。瑛士に連れてこられて、店に行ったはいいけど。置いていかれて、どうしていいか分からなくて……」

 芳樹は、おずおずと顔を上げた。表情の無い悠斗の顔が目に入り、また俯きたくなるのをこらえて告げる。

「ユウトが、来てくれて助かった」

 しばらく、無言で芳樹と悠斗は見つめ合った。近くの店から、食べ物のいい匂いと、にぎやかな声が二人のもとへ届く。

「何で、あの店行った?」

 沈黙を破ったのは、抑揚のない悠斗の声だった。芳樹は取り繕うことをやめて、本当のことを口にした。

「カズヤさんに言われたんだ。き、君は、ゲイだって。それで、瑛士に相談したら、試してみればいいって、あの店に連れていかれて」

 さすがに、悠斗に惚れているのではと疑いを掛けられた。などと、本人には言えなかった。

 芳樹は悠斗の様子を、上目使いに見つめた。

「瑛士の野郎。おちょくりやがって」

 ぼそっと、悠斗が呟いた。よく聞き取れなくて、芳樹が聞き返そうとするが、悠斗の声に遮られる。

「それで、ヨシキは瑛士の言葉にほいほいのって、あの店で男探して、自分が、男が好きかどうか試そうとした訳だ」

 瑛士の言葉にほいほいのって、という言い回しが少し不愉快だったが、事実なので、芳樹は頷いた。

「バッカじゃねーの。悩んでんなら俺に言えよ。ああいう場所には、危ない奴とかいっぱいいるんだよ。ヨシキみたいな世間知らずが行くような店じゃねーの」

 世間知らずで悪かったな。と、思った芳樹の耳に、悠斗の次の言葉が入ってきた。

「瑛士から連絡もらって、俺が、どんだけ、心配したと思ってんだよ」

 心配、してくれたんだ。

 芳樹は驚いて、悠斗を見つめた。ふつふつと、嬉しさが胸に湧き上がる。

 嬉しさが顔に出ないように、意志の力を総動員した。

「ゴメン。ユウト」

「次やったら、許さねぇから」

 悠斗の顔に、ようやく表情が戻った。口元をふっと緩めて、芳樹の背に手を当てる。

「帰ろうぜ」

 悠斗に、促されるように歩きだす。

 手を添えられたままの背中が、熱い。

 また、心臓がドキドキする。

 今が夜で良かった。

 街灯はあっても、暗い夜道なら、今、自分の頬が赤くなっていることに、気づかれないから。




 途中でタクシーを拾って、芳樹は悠斗と共に、マンションへ帰ってきた。

 三階へ上がるエレベーターの中では無言だった。

 悠斗は何かをずっと考えているようだった。

 芳樹はかける言葉が見つからず、ただ、悠斗の様子を眺めていた。

 エレベーターの扉が開いた。

 不意に悠斗の手が、芳樹の手首を掴む。

「え? ちょ、ちょっとユウト」

 驚きに声を上げたが、悠斗は意に反さず、芳樹を引きずるように歩いて行く。

 芳樹の部屋のドアの前を素通りして、悠斗の部屋の前に連れてこられた。

 悠斗は無言で、解錠すると、ドアを開いて芳樹を玄関に押し込んだ。

 悠斗は掴んでいた芳樹の手首を離すと、その手で芳樹の背を押した。ほぼ同時に、背後で、ドアの閉まる音が聞こえた。鍵もかけたようだ。

 またもや悠斗に背を押され、芳樹は、バランスを崩しながら靴を脱ぐと、廊下にあがる。

 抗議しようと、悠斗の方へ体を向けたとき。

 壁に、肩を押しつけられた。

 驚く間もなく、悠斗の顔が近づいてくる。

 悠斗に唇を奪われていた。

 呆然と、芳樹は目を見開いた。

 ゆっくりと、悠斗が唇を離す。

 悠斗と、視線が交錯する。


 あの時の顔だ。


 芳樹は、悠斗の顔を凝視した。

 あの、美王のCMの時の顔。

 獲物を狙う、ハンターのような、雄の顔。

 悠斗は、ゆっくりと口の端を持ち上げた。

「俺が試してやるよ」

 悠斗の言葉が理解できない内に、もう一度悠斗が顔を近づけてきた。

 一切、抵抗しなかった。

 否、できなかった。

 芳樹は、悠斗と深い口づけにおぼれた。


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