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アイドルLovers  作者: 愛田光希
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第十九章 告白と真実

 額にやった手が微かに震えている。

 悠斗の口から、芳樹の理解の範疇を超えた単語が出てきた気がする。

「いや、待って、好き? え? え? どういうこと? ユウトが好きなのは女だろ。俺、男だし。あ、友情の好き?」

「おまえ、どんだけ鈍いんだよ。男とか、女とか関係ねぇの。女はおまえの身代わりっつったろ。まずその時点で友情じゃないだろ」

 悠斗は、はーっと、わざとらしく大きな溜息をつく。

 そして、おもむろに芳樹の両肩を掴んだ。

「じゃあ、鈍い芳樹のために、一から十まで説明してやるよ」

 からかうような口調だが、瞳は真剣な色を映していた。掴まれた肩が、少し痛い。

「俺がおまえに惚れたのは、初めて会った時だった」

「初めて……え? 惚れたって、俺に?」

 素っ頓狂な声を上げる芳樹に、悠斗は心底呆れた様な表情を作った。

 初めて会った日? それは、芳樹が悠斗に一目ぼれをしてすぐ、一回目の失恋をした日だ。

「おまえ、さっきまで何を聞いてたんだ。とにかく、最後まで黙って聞け、いいな」

 命令口調で言われて、思わず頷いてしまう。

「まあ、最初はおまえへの思いが、恋愛感情だとは気づかなかったんだけどな。とにかく、ヨシキに誰かが近づくと、イライラするし、ムカツクしで、男でも女でも、ヨシキに近づく奴は、皆おっぱらってやった。あ、シュンは例外だけどな。アイツは入った時から真希ちゃん目当てだっていうのが丸見えだったから」

 悠斗は昔の瞬を思い出したのか、ふっと笑った。

 確かに、瞬はダンススクールへ入って来た時から、真希ちゃん一筋だった。

 芳樹はなんとなく、昔を思い出していた。子どもの頃は、確かに悠斗や瞬とばかり遊んでいた気がする。

 ダンススクールから、事務所所属となってからも、演技指導やダンス指導で一緒になる同年代の子たちとは、ほとんど口を聞いた憶えがない。

 芳樹が話しかけても、大抵の人がそっけなかった。嫌われているとばかり思っていたが、もしかすると悠斗のせいだったのかもしれない。

「高校に入って、おまえが瑛士連れてきた時は、本当に嫉妬した。ヨシキは俺だけのヨシキなのにって。そんとき、初めて俺はヨシキに惚れてるんだって自覚した。おまえに対する異常なまでの独占欲は、俺がおまえを好きだからなんだって」

 嫉妬という言葉に、驚く。高校で仲の良い友人が出来たと言った時。遊びに連れてこいと言ったのは、他ならぬ悠斗だったからだ。

「でも、瑛士連れてこいって言ったのは、ユウトじゃないか」

「まあな。おまえについた虫はさっさと払おうと思ったからな。でも、瑛士には彼氏いたし。瑛士は瑛士で、俺の気持ちにすぐに気づきやがったし。それからは、瑛士に、学校でヨシキに変な虫がつかないように見張ってもらってた」

 照れくさそうにそんなことを白状されても、頭が追いつかない。

 本当に、本当なのだろうかと、まだ疑ってしまう。

 そもそも、瑛士と悠斗の間にそんな密約が交わされていたとは露とも思わなかった。

「でも、ユウト。そんなこと一度も、言わなかったし、態度にだってださなかったじゃないか。瑛士だって何も言わなかった」

 悠斗は苦笑した。そんな顔も好きだと思う自分はやはり重症だ。

「そりゃ、おまえ。俺の勝手で、ヨシキの交友関係を阻害してた訳だし。俺がそんな独占欲をおまえに持ってるなんて知られたくないだろ」

 悠斗は罪悪感を抱いているのかもしれないが、芳樹は悠斗に交友関係を阻害されているとは思えなかった。

 昔から、芳樹は悠斗といる時が一番楽しかった。だから、特別親しい友人を作ろうと思ったことがないのだ。

 悠斗に邪魔されなくても、今とたいして友人の数は変わらなかっただろう。

「とにかく、ヨシキへの気持ちが恋だって分かってから、俺はおまえ見てると、ムラムラしちゃって」

「ム、ムラムラって……」

 芳樹は、ムラムラという言葉に、悠斗に抱かれた時のことを思い出してしまった。

 これ以上ないというほど、顔が火照る。

「でも、俺の勝手で、おまえ傷つけるわけにはいかないじゃん。おまえは、普通に女と恋愛して、結婚すればいいと思ってた。でも、やっぱ、好きな奴が、無防備に俺の前にいるんだぜ。押し倒したくなるのは男の性だろ。だから、女を身代わりにした」

 悠斗はゆっくりと芳樹から目を逸らした。

「それに、女と遊んでいれば、おまえに俺の気持ちを気づかれずに済むと思ったし」

 悠斗の視線の先を目で追うと、壁にかかった黒の洒落た時計が見えた。

「でも、惚れられると面倒だから、割り切れる関係の女としかやらなかった。こうやって話してると、俺ってすっげー酷い奴だよな。でも、女を身代わりにしようが、何しようが、ヨシキを守れるならそれでいいと思ってたんだ。それなのに……」

 悠斗が不意に、芳樹の腕を掴んだ。

 驚いた芳樹は、悠斗の顔に視線を戻す。

 悠斗の顔に、なぜか怒りの色が浮かんでいた。

「瑛士から、おまえがゲイバーで男を漁ってるって電話があった時は本当に、むかついた。俺が、どれだけ、ヨシキに手を出すのを我慢してきたか。女なら、百歩譲って許してやってもいいけど、男なんてぜってぇ許さねぇ」

 握られた腕に力が込められる。芳樹は痛みに顔を顰めた。

「ユウト、痛い」

 芳樹が声をかけて、悠斗は我に返ったように掴んでいた手を離した。握りしめられた手に、じんと痛みが残った。

「悪い。思い出したらまた頭に血がのぼった。ま、あとで、瑛士の野郎が仕組んだ事だって分かったんだけどな」

「え? 瑛士が仕組んだって何を?」

 きょとんとして問うと、またもや悠斗は呆れた表情を見せた。

「俺はあの日、瑛士の友達と飲んでて、瑛士のこと誘ったから、瑛士は俺がどこにいるか知ってた。だから、瑛士は、相方と共謀して、おまえを店に連れて行く前に俺に電話してきたんだ。ヨシキが瑛士に連れられて行った店に、俺がちょうどいいタイミングで来られるようにな」

 苦々しげに、悠斗は吐き捨てた。

 芳樹はふと、あの日の事を思い出す。そう言えば、瑛士に誘われてあの店に行く前。瑛士は、電話をかけていた気がする。その電話の相手が悠斗だったのか。

「相方と共謀って?」

 気になって問いかけると、面白くない顔をしたまま悠斗は告げた。

「あの店で、緊急の電話かかってきて、瑛士出て行ったんだろ? 瑛士の電話の相手が相方。頃合いを見計らって、電話するように頼んだんだと」

 悠斗は、瑛士の奴俺で遊びやがってと、本気で気分を害しているようだった。

 だが、あの出来事があったからこそ、芳樹は悠斗に抱いてもらえたのだ。

「ヨシキが、ゲイバーで男に囲まれてるのを見た時、全員ぼこぼこにしてやろうかと思うくらいキレた。このままじゃ、ヨシキが他の男に喰われちまうと思って、俺は、もう我慢するのをやめた」

 悠斗はふっと目を眇めた。そして、芳樹の右頬に掌を当てて撫でた。

 悠斗の手は、温かかった。

 ゆっくりと、その熱が遠ざかる。

「俺、正直おまえに拒まれるの、覚悟してたんだ。でも、おまえ拒まなかっただろ。それどころか、俺の腕の中ですっげー乱れてさ。本当に夢見てるみたいだった。実際に、夢かとも思ったけど、次の日の朝、俺の隣でヨシキが寝てたからさ。全部夢じゃなかったんだって分かって、本当に幸せだった」

 嬉しそうに言われて、芳樹は目を伏せた。否応なくあの時の行為を思い出させられてしまったせいだ。恥ずかしくて、悠斗を見ていられない。悠斗はただ、芳樹がゲイであるかどうか試しに抱いてくれただけだと思っていた。しかし、悠斗の口から出る言葉は、芳樹の考えていたこととは全く違うのだ。

 悠斗の言葉を信じたい。だが、一つ、ひっかかる事がある。

「でも、ユウト、俺が目を覚ましてすぐ、女の人の所に行ったよな」

「そうだっけ?」

「そうだよ! 憶えてないのか」

「うーん。そう言われればそうだったような気もする」

 あの時、どれだけ傷ついたと思ってるんだ。

 芳樹との行為に、何の感慨も与えられなかったんだと酷く落ち込んだのに。

 悠斗にとっては、忘れてしまう程些細な出来事だったのだ。

 涙腺が緩みそうになって、芳樹は慌てた。悠斗の目の前で泣くなどありえない。泣き顔は、とても醜いから。

「ヨシキ、何でそんな悲しそうな顔してんの?」

 芳樹は、顔を伏せた。大きく息を吸い込み、吐き出して、涙が流れないように、心を落ち着けようとした。

 だが、落ち着いてはくれなかった。

「ユウトのせいだろ。俺はあの時、おいて行かれて、ユウトは俺のこと何とも思ってないんだって、やっぱり俺より、女の人の方がいいんだって、もの凄く、悲しくて……」

 芳樹は口を閉ざした。涙が頬を伝う感触に気づいたからだ。

 悠斗が驚いたように、目を見開いた。

 芳樹は慌てて、両手で顔を隠す。

 頭では泣いちゃ駄目だと思うのに、涙はとめどなく流れてくる。

 悠斗の前で泣きたくないのに、あの日の惨めで悲しい気持ちが蘇ってきたせいで、涙が止まらない。

 芳樹は立ちあがろうとした。悠斗に泣き顔を見られたくない一心で。

 それなのに、悠斗に腕を掴まれて、ソファーに引き戻されてしまう。

 芳樹は両手で顔を覆った手が外れないように、必死で腕に力を込めた。

 しかし、あっけなく悠斗にその手を剥がされてしまう。

 明るい部屋の中で、悠斗の前に泣き顔をさらしてしまった。

 悠斗は芳樹の涙を目にし、固まっている。

 悠斗の反応に、芳樹の胸が痛む。

 芳樹は悠斗に両腕を掴まれたまま、ギュッと目を瞑った。

「ごめん。汚い、もの、見せちゃって」

 切れ切れに、芳樹は謝る。

「それは、父親に言われたのか? それとも母親?」

 尋ねられて、芳樹はきつく瞑っていた目を見開いた。

 涙の粒が、頬を伝って、ズボンを濡らす。

「両方」

 驚きの余り、芳樹はよく考えもせず答えていた。

 悠斗の顔が一瞬、痛ましげに顰められた。

「汚くなんかねぇよ」

 ぶっきらぼうに響く悠斗の声。

「おまえの泣き顔、むしろ綺麗だから」

 不意に、悠斗の顔が近づいてくる。悠斗は芳樹の頬を流れる涙を唇で、受け止めた。

 唇の感触に、芳樹の体が震える。

「嘘だ……」

 さんざん言われてきたのだ。おまえは醜い、汚いと。

「嘘じゃない。おまえは綺麗だ。俺の言うこと信じろよ」

 力強い悠斗の声。

 植えつけられた言葉は芳樹の中に根付いて、容易に消えたりはしない。

 でも、悠斗の言葉を信じたいと、強く思う。

 悠斗が綺麗だと感じてくれているなら、それでいいとさえ思う。

 悠斗の唇が芳樹の唇を捉えた。しっとりと重ねられる口づけに、芳樹の思考回路が停止した。

 長いこと、唇を貪られ、芳樹の涙はいつの間にか止まっていた。

 悠斗は、芳樹の体を抱きよせて耳元で囁く。

「悲しかったって言ったよな、ヨシキ。そんなこと言うと、俺、自分の都合の良いように解釈するぞ」

 キスの余韻で、恍惚としながら、芳樹は尋ねる。

「都合のいいようにって?」

「ヨシキが俺に惚れてるってこと」

 悠斗の声には、自信無さげな響きがあった。

「俺が、ユウトに惚れてると、ユウトには都合が良いんだ」

 悠斗の肩に顎を乗せて、囁くと、悠斗が何か言おうとした。

 悠斗が声を出す前に、芳樹は悠斗の背を強く抱き返した。

 その動きに驚いたのか、悠斗の口から言葉が飛び出すことはなかった。


 もう死ぬんだと思った時、後悔したんだ。

 玉砕覚悟で、告白すればよかったって。

 でも、実際は、告白されているのは俺の方。


 自分の身に起こった悲しくて辛い出来事が、全て洗い流されていく気がする。たとえ、それが今だけだとしても、この瞬間、芳樹は幸福感に満ち溢れていた。

「ユウトの解釈は正しいよ」

 悠斗の耳元へ口を寄せて告げると、悠斗は息を飲んだ。そして、安堵したように息を吐く。

「良かった」

 悠斗の呟きが、芳樹の耳を優しく撫でた。


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