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アイドルLovers  作者: 愛田光希
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第一章 アイドルグループWin

 一月上旬。寒さが厳しい中、音楽番組の収録を終えた。なぜか外で、しかもテレビ局の屋上に作られたセットの中で歌うのは、苦行に近かった。手足はかじかむし、手袋もつけていない指先は、寒さでしびれたように痛い。


 湧井芳樹(わくいよしき)は同じ『Win』のメンバーである、野上瞬(のがみしゅん)井上悠斗(いのうえゆうと)とともに、所属事務所の会議室に入った。寒い外のセットと比べて、この会議室は天国である。

 Winとは、リバースタープロダクション所属のアイドルグループのグループ名だ。芳樹はそのWinのリーダーである。

 彼は、他二人のメンバーと共に席につくと、用意された弁当を食べはじめた。ここで、マネージャー兼プロデューサーである、星野真希を待つことになっている。

「ヨシ兄。あのさー」

 声をかけられ、芳樹は右隣を見た。そこには、クールで売り出し中の野上瞬が、情けない顔をして芳樹を見ていた。

 せっかくの男前が台無しの表情に、苦笑する。

「どうした? シュン」

「ピーマン食べてくんない?」

 男らしい端正な顔をした瞬が、上目使いで尋ね、弁当をそっと芳樹の方へ寄せてくる。顔立ちと情けない声とのギャップが面白くて、芳樹は笑いそうになるのをこらえた。

「シューン。おまえ、まーだ、ピーマン食えねぇのかよ。ガキみてぇ」

 芳樹の正面の席に座って、弁当を広げていた井上悠斗は、からかいの表情を浮かべている。

 悠斗は、男にしておくにはもったいない可愛らしい顔立ちだ。昔は美少女にしか見えなかったその顔も、大人になるにつれて女性に間違われることはなくなった。ファンにはカッコ良いと評されているが、実際は『カッコ良い』よりは『可愛い』の方が、悠斗をあらわす表現としては、しっくりくる。

「うるさいな。ユウ君は黙っててよ。だれも、ユウ君には頼んでないだろ。俺はヨシ兄に頼んでるんだよ」

 頬を膨らませて、瞬が悠斗に対抗する。芳樹は、またじゃれあっているなぁと、内心苦笑しながら、口を挟んだ。

「その辺にしとけよ。シュン。ピーマン食ってやるから、こっち入れて。でも、そのうち、食べられるようになろうな」

 芳樹の言葉に、瞬は心底嬉しそうな顔で、うんと大きく頷いた。

 悠斗は、嫌そうに顔を歪める。

「まったく。ヨシキは、瞬に甘いんだから」

「別に、瞬にだけってことはないけど?」

 澄まして答えると、悠斗はふんっと鼻を鳴らして、芳樹から目を逸らした。先日、悠斗が嫌いな酢の物を、こっそり食べてあげたことを思い出したのだろう。

「ほんと、ヨシ兄って、根っからのお兄ちゃんって感じだよね」

 ニコニコと声を上げた瞬に、悠斗が応じる。

「何言ってんだよ。ヨシキは末っ子だろ」

「え? そうなの? 意外」

 心底驚いたというような顔をする瞬に、大げさだなぁと思いながら芳樹は頷いた。

「上に、兄と姉がいるよ」

「へー。へー。知らなかった。ユウ君は聞かなくても末っ子だって分かるけど」

 空になってごみと化した弁当箱を、芳樹が集めてスーパーの袋に入れる。簡易のゴミ箱代わりだ。

「おまえは、明らかに、一人っ子だよな。我儘で、甘えっ子」

「うるさいなー」

 悠斗に向かって、瞬は頬を膨らませる。

 二人の会話に笑いをこらえていると、会議室のドアが勢いよく開いた。

 そこから、女性が顔を出す。薄化粧を施した彼女は、人目を引きつける美しい顔立ちをしていた。長い睫毛に縁取られた目は涼しげだ。すっきりとした鼻筋に、ふっくらとした唇にはピンク色の口紅がぬられている。

 彼女は長い黒髪をなびかせて、颯爽とした足取りで、芳樹たちのいる席の前までやってくる。

 Winのチーフマネージャー兼プロデューサーの星野真希(ほしのまき)だった。ちなみに真希はこのリバースタープロダクションの社長令嬢でもある。


 真希と芳樹達三人は、小さい頃からの知り合いだ。芳樹達も真希もこのプロダクションに、子どもの頃から登録しており、ダンスレッスンや演技指導などを受けてきた。

 真希は、裏方の方が向いていると、中学卒業を機に芸能活動をやめてしまった。その後、大学を卒業してリバースターに就職し、真希は芳樹達三人を集め、アイドルグループを作ったのである。

 グループを結成した当初。タイプが違えども、誰がどう見ても、美少年の枠にはいる悠斗と瞬が組むのは分かるが、そこにどうして、自分が入れられたのだろう。と、芳樹は思っていた。真希から、あんたは癒し担当だからとの言葉を貰い、ああ、二人の引き立て役か。と納得したものである。

 引き立て役になれているのかは、分からないが、二人の仲を仲裁する役には立っているだろう。




「ビッグニュースよ!」

 真希の大声に、芳樹の思考は遮られた。

 改めて真希を見直すと、綺麗な顔に興奮の色が見て取れた。

「CMが入ったの」

 喜色満面での報告に、芳樹達三人は顔を見合わせた。

 その反応が不満だったのか、真希が声を上げる。

「三人一緒のCMよ。しかも、美王化粧品」

 美王化粧品と言えば、この国なら誰もが知っている大手化粧品メーカーだ。またしても顔を見合わせてから、三人を代表して、芳樹が真希に尋ねた。

「真希ちゃん。それって、男性用の化粧品ってこと?」

「いいえ。女性用よ」

「え? 俺達が女性用のCMに出る訳?」

 悠斗が驚いたように声を上げた。

 真希は嬉しそうな表情のまま頷く。

「そう。美王の担当の人がね。この間の瞬のドラマ見てくださって、Winに興味を持ってくれたみたいなの。CMソングもWinの曲使いたいって言ってもらっているのよ」

 確かにそれはビッグニュースだ。Winはまだまだお茶の間の認知度は低い。顔を多くの人に知ってもらうには、良いチャンスだといえた。

「で、今度新しく売り出す化粧品のタイトル、と、いうかコンセプトが、男を誘惑する化粧品なんですって。だから、あんた達は、誘惑される男って設定ね」

「えー。俺、真希ちゃん以外に誘惑される趣味ないんだけどー」

 不満げな声を上げたのは瞬だ。

 この二人は去年の冬、付き合い始めたカップルだったりする。瞬は十年越しの初恋を実らせた。真希は芳樹より四つ年上の二十六歳。瞬は芳樹よりも二つ年下なので、六歳差のカップルである。

 十年間、真希の事を思い続け、その思いを成就させた瞬は、本当にすごい奴だと、芳樹は密かに感心していた。

 自分にはそんな真似はできないなぁと、心の中で思いながら瞬の顔をそっと見る。

 そこで、芳樹は瞬の頬に白い物が付いていることに気付いた。

「シュン。顔にご飯粒ついてる」

 言いながら、瞬の頬についていたご飯粒を取ってやると、それを口に運ぶ。

 その光景を目にしていた、瞬達が一様にぽかんと口を開けて、芳樹に注目した。

「え? あれ? どうかした」

「いや、その。何て言うか」

 瞬が、視線を彷徨わせて、言葉を探すように言いあぐねている。心なしか、顔が赤いような気がするのは何故だろう。

「真希ちゃん、何なの?」

 瞬は駄目だと見切りをつけ、真希に話を振る。

「えっ? その、ヨシキ。誰にでもそういうことしてるの」

「そういうことって?」

 どうも、要領を得ない。芳樹は眉を顰める。

「ヨシキー。だからさ。普通、大人の男が、顔にご飯粒くっつけてたとして、それを指摘するのは、まあいいよ。けど、そのあと、それをわざわざ取ってやって、食べるって行動に俺らはびっくりした訳」

 芳樹は悠斗の説明を頭の中で反芻して、納得した。

「ああ、そうか。ゴメンなシュン。恥ずかしかったよな」

「いや、俺は別に……」

 ぶんぶんと大きく首を横に振ってはいるものの、顔が赤い。

「甥っ子がさ、よくそうやって顔にご飯粒つけてるから、その時と同じ行動を、ついとっちゃったんだよな。悪かった。こういうのは、真希ちゃんにやってもらうべきだったよな」

 芳樹の言葉に、真希の顔が驚くほど赤くなった。瞬も同様だ。

「え? どうしたの」

「ヨシキ。新婚さんをからかってやるなよー。二人とも顔、真っ赤じゃん」

 面白そうに、悠斗がコメントする。

「誰が新婚さんよ」

「からかってるのは、ユウ君じゃん」

 真希と瞬が同時に悠斗に食ってかかる。

 ああそうか。と、芳樹は思った。自分の放った一言が、二人の関係をからかう物になっていたのか。無意識に口にしたが、失敗したなと、芳樹は苦笑した。

「あー、ゴメンね。真希ちゃん。俺、からかったつもりはないんだよ」

「分かってるわよ。ヨシキはユウトと違って、人をからかって喜ぶタイプじゃないものね」

 嫌味を込めて、真希が悠斗に視線を送る。

 悠斗は、何だよ。と、拗ねた顔をした。

「あ、ちょっと。ヨシ兄」

 ようやく顔色が戻ってきた瞬が、手をあげて芳樹に向き直った。

「何?」

 瞬は珍しく真剣な表情で、芳樹を見る。

「今みたいなこと、俺達以外には絶対しないようにしてよね」

「何で?」

 そんな真剣な表情で言われることだろうか。と、疑問に思って口をついてでた言葉に、悠斗が答える。

「相手が、変に勘違いしたら困るだろ」

「変に勘違い?」

 さらによく分からなくなって、芳樹は眉間に縦皺を刻んだ。

 その反応を何と思ったのか、顔に似合わず短気な悠斗が声を荒げた。

「とにかく、さっきみたいなのは、禁止。甥っ子だけにしとけ」

 芳樹は肩をすくめて、話を戻すことにした。

「分かったよ。で、真希ちゃん。仕事の話に戻ろうか」

「そ、そうね。じゃあ、食べながら聞いてちょだい。明日のスケジュールからね」

 そう言って真希が明日の予定を口にする。芳樹は、残っていた弁当を食べながら、それを頭に叩きこんだ。


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