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アイドルLovers  作者: 愛田光希
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第十八章 悠斗の願い

 芳樹は悠斗の部屋でしばらく休むように言われた。芳樹が寝ている間に、真希達が、必要な物を、悠斗の部屋へ運んでくれていたようだった。

 悠斗の家のリビングに置かれた家具類は、基本的にモノトーンで統一されている。アイボリーや木目調の家具を置いていた芳樹の部屋のリビングと違い、スタイリッシュな印象を与える。




 風呂を借り、黒いソファーに腰かけているのだが、妙に落ち着かない。

 今は、悠斗が風呂に入っている。

 そのため、リビングには芳樹一人だ。この場に一人でいることが怖いという訳でも、ストーカーにされたことを思い出した訳でもないのに、心臓が早いリズムを刻んでいる。

 悠斗とこの家の中に二人きりというのが、芳樹を落ち着かない気分にさせているのだ。

 どうして、あの時、悠斗の部屋に泊まることを了承してしまったのだろう。真希の言うとおり、ホテルに泊まった方が、よかったのではないかとさえ思ってしまう。

 いまさら、後悔しても仕方がないが。

「あー、さっぱりした。ヨシキも何か飲むか?」

 いきなり声が聞こえて、芳樹は硬直した。

 固まった芳樹の耳に、冷蔵庫を開閉する音が届く。

「ほい、水」

 テーブルを睨むように見つめていた視界に、ミネラルウォーターのペットボトルが割り込んできた。

 顔を上げると、悠斗の笑顔がまともに目に入る。芳樹は見惚れてしまった。悠斗の髪が少し濡れている。シャンプーか、石鹸かは分からないが、よい香りが鼻腔を擽った。それはそうだろう。風呂に入っていたのだから。

 とりとめもなく、そんなことを考えたあと。我に返って、芳樹は慌てて目を逸らした。小さな声で礼を言いながら、悠斗の手からペットボトルを受け取る。

 こんな態度をとっていれば、悠斗に変に思われる。

 動く気配を察知したと思った刹那、隣に悠斗が音を立てて座った。

 ソファーは一つしかないから、当たり前かもしれないが、少し手を伸ばせば簡単に触れられる距離である。

 より一層、意識しない訳にはいかなかった。

「おまえさぁ」

 悠斗の声が耳に入り、芳樹はばっと隣を振り返った。かなりのオーバーリアクションだ。

 悠斗は芳樹のそんな様子には気づかなかったのか、敢えて無視したのかは分からないが、そのまま言葉を続けた。

 彼の表情はひどく真剣だ。

「まだ怖いのか?」

 悠斗の気遣いに、芳樹は目を伏せた。芳樹の挙動不審さが、トラウマのせいだとでも思ったのだろう。

 芳樹は小さく首を振ることで答えた。悠斗は、ふーんと言ったあと、ペットボトルに口をつけた。水を飲むたびに、喉が上下する。注視してしまい、ふと我に返って慌てた。芳樹はペットボトルの蓋をはずして、自分も水に口をつけた。

 思いのほか喉が渇いていたらしく、喉を通る水が心地よい。

「じゃあ、何でそんな緊張してんの?」

 続く悠斗の言葉に、芳樹は飲んでいた水を噴き出しそうになった。

 水を噴き出すのは、何とかこらえることができたが、芳樹は動揺していた。どうして、緊張していることがばれてしまったのだろう。

 芳樹は冷静さを装って、ペットボトルの蓋を閉め、テーブルの上へ置く。

「緊張なんか……」

「してるだろ」

 言葉を遮られて、芳樹は悠斗に再度顔を向けた。悠斗は芳樹の目をじっと見つめる。真剣な表情は変わらない。悠斗の顔がいつになく、男らしく見える。

 心臓の鼓動が跳ね上がり、頬が上気する。

「俺のこと、怖い?」

 聞かれて、芳樹は大きく首を横に振った。悠斗を怖いと思ったことなど、一度もない。病院で、悲鳴を上げたせいで、悠斗に勘違いさせてしまったのだろうか。あの時は、顔を覗き込んでいるのが、悠斗だとは気づいていなかったのだ。

 焦って言葉を紡ごうと口を開いたが、それより早く悠斗が言った。

「よし、じゃ、問題ないな」

 悠斗は先ほどと打って変わって、晴れやかな笑顔を見せる。

 芳樹は、彼の言葉の意味が分からず、目を瞬かせた。

 彼は、芳樹の様子に頓着しなかった。水を飲みほし、ペットボトルをゴミ箱へ投げる。ペットボトルは綺麗な放物線を描いて、見事にゴミ箱へおさまった。

「でも、やっぱ、男二人でシングルは狭いよな。セミダブル、ダブル。いや、やっぱキングサイズか?」

 悠斗は考え込むように、顎に手をやって呟いている。

 いきなり意味不明な事を言いだした悠斗に、芳樹は面食らう。

「ユウト、何言ってるんだ?」

 芳樹が問うと、悠斗は真顔で返事をした。

「え? だから、これから俺達ずっと一緒に住むんだから。ベッド、今のままじゃ、二人で寝るの狭いし、新しいの買うかと思ってさ」

 ベッドを新しくする?

 それは、悠斗の自由だ。悠斗の家だし。

 だが、一緒に住むというのはどういうことだろう。

「あのさ、ユウト。何で俺達が一緒に住むことになってるんだ?」

 悠斗は呆れたように、芳樹を見返した。

「はあ? おまえ、さっき俺の所来るっつったじゃん」

 悠斗の言葉に頷いたのは確かだ。

 でも、それはしばらくの間、泊まらせてもらうだけのつもりだったのだ。

 芳樹の頭は混乱していた。それでなくても、信じられないほど今まで以上に、緊張して頭が回らなくなっているのに。

「いや、でも、それは一時的なことで。とりあえず、俺、新しいマンション探すつもりだし、そんなここに長居するわけじゃないんだから、ベッドは買わなくても」

 芳樹を見る悠斗の目が、剣呑な物に変わって行くにつれ、芳樹の語尾が小さくなった。

 悠斗は芳樹に体ごと向き合うように、姿勢を変えた。片足をソファーの上にのせ、背もたれに肘を置く。

「悪いけどさ、ヨシキ」

 細めた目で見つめられて、芳樹はびくっとした。悠斗は芳樹の反応に気づいているだろうに、構わずに先を続けた。

「俺、もうおまえを手放すつもり、ないんだわ」

 悠斗の言葉に、芳樹はどう反応していいのか分からなかった。

 悠斗の言葉が、頭の中を巡る。

「手放すって、え? どういうこと」

 まったくもって、意味が掴めず声を上げる。

 悠斗の顔に、不機嫌さが滲んだ。

「おまえを一人にすると、ろくなことにならないってことは、十分思い知った。男にセクハラされるは、カズヤにキス許すは、ゲイバーでナンパされてるは、挙句の果てにストーカーには襲われるし」

 指折り数える悠斗の表情が、どんどん険しいものになって行く。

 どうして悠斗がそんなに苛立たしげに言うのか分からず、芳樹は困惑する。

「おまえを一人にすると危険だってことを思い知った。っつーわけで。ヨシキ。一緒に暮らそう」

「へ?」

 なぜ、一緒に暮らそうになるのだろう。悠斗の言い分を聞いていると、とりあえず芳樹を心配してくれているのだろうということは分かる。分かるのだが、悠斗が何故、一緒に暮らしたがるのかが分からない。悠斗にとって、芳樹と暮らすことは、デメリットにしかなりえないと思うのだが。

 芳樹は、よく回らない頭でしばらく考えたのち、口を開いた。

「いや、でも。この部屋に二人住むには狭いし、気を使ってくれるのは、嬉しいよ。嬉しいけど……」

 言っているうちに、ある光景が芳樹の脳裏に蘇った。

 あの夜に見た、悠斗と女性のキスシーンだ。

 思いだしただけで、芳樹の胸はかき乱される。

 重症だと、芳樹は思う。

 悠斗と一緒に暮らせば、きっとこんな重苦しい気分をずっと味わうことになる。

 女のもとへ行く悠斗を見送るなんて、二度とごめんだ。

 芳樹は、溜息をついた。

 悠斗は、黙ってしまった芳樹をしばらく、睨むように見つめる。

「嬉しいけど、何?」

 不機嫌丸出しの声だった。芳樹は重苦しい気持ちのまま答える。

「ユウトには彼女がいるんだし、俺と一緒に暮らしてたら何かと不都合だろ。それに、仕事でも顔を合わせるのに、家でも顔を合わせるのは……」

 言いかけた芳樹を、悠斗が大声をあげて遮った。

「おまえ、俺の顔見たくないのかよ! 俺の顔嫌いか?」

 悠斗の声に、芳樹は咄嗟に答えていた。悠斗以上の大声になってしまう。

「嫌いじゃないよ、むしろす……」

 好きと言いそうになって、慌てて口を押さえる。

 顔がじわじわ熱くなる。いい加減、悠斗と対峙しているのに疲れてきた。

 悠斗の口角がふっと上がる。

 先ほどの不機嫌な顔が嘘のように消え去り、どこかからかうような表情を見せる。

「ヨシキ。むしろ、何?」

 芳樹は口元を押さえたまま、視線をあちこちに彷徨わせた。悠斗は、芳樹が言いかけた言葉が何か、確実に分かっていて聞いてきているのだ。

 どうやって、言い逃れすればいいのだろう。自分が口走りそうになったことを考えると、いっそこのまま、消えてなくなりたいくらい恥ずかしい。

 考えがまとまらないまま、数分が過ぎた。悠斗が大きく息をついたのに気づき、彼に視線を戻す。

「言っとくけど、俺、彼女いないから」

「え? でも」

 芳樹の脳裏に、またあのキスシーンが蘇る。

 無意識に眉を寄せると、悠斗が言った。

「まあ、ぶっちゃげ、セフレは五人くらいいたけどな」

「セフレ? 五人も?」

 大胆発言をされ、芳樹は開いた口がふさがらなかった。あまりにあっさりした物言いに、ショックを受けたのか、何なのか分からなくなってくる。

 瞬が悠斗は女好きで有名だと言っていたが、セフレまでいるとは思わなかった。一つ年下のくせに、悠斗の方が、よっぽど大人の付き合い方を知っている。

「でも、今はいない」

「いない? 別れたってこと?」

「そう。全員と手を切った。何でだと思う?」

 尋ねられて、芳樹は首を傾げた。芳樹の精神衛生的にも、仕事的にも、悠斗がセフレと手を切ってくれたことは喜ばしい事だが、どうして今さらそんな行動にでたのか、さっぱり分からない。

 悠斗はにやりと笑った。

 ゆっくりと、人差し指を一本立て、芳樹の顔の前につきつける。

「おまえが、手に入ったからだよ」

 脳に、悠斗の言葉がこだまする。

 言葉の意味が理解できないでいるうちに、次の言葉が芳樹の耳に入る。

「女は皆、おまえの身代わりだったんだ。意味分かるか?」

 意味?

 芳樹は、眉を寄せて考え込んだ。

 悠斗がセフレと別れたのは、俺が手に入った? からで。女は俺の身代わり?

 すっかり考え込んでしまった芳樹を、悠斗はしばらく見つめていた。

 だが、一分、二分と経っていくうち苛々とし始めた。そして、五分後。とうとうしびれを切らした。まあ、誰でも五分も待たされれば、大抵怒るだろう。十分我慢した方だ。

「何で分からねーんだよ。俺がおまえを好きだって意味だろ! 好きでもなかったら、おまえの事思いながら、女を抱くなんて出来ねぇっつーの!」

 悠斗の大声にびくっと体を振るわせた。脳にじわじわと、悠斗の言葉が沁み込んできて、芳樹は目を瞠る。

 悠斗は怒鳴ってしまったことを後悔したのか、咳払いをしてもう一度告げた。

「いいか、ヨシキ。よく聞けよ。俺は、おまえが、好きだ」

 甘く告げられた言葉に、芳樹は目眩を覚えた。


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