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アイドルLovers  作者: 愛田光希
18/22

第十七章 トラウマ

 入院している間、芳樹は何度か警察から事情聴取を受けた。

 その時、犯人の名を聞いた。

 忘れようと思ったが、忘れられなかった。

 暇を持て余してテレビを点けた時、たまたま芳樹の事件を取り扱う報道番組をやっていた。芳樹が思っていた以上に、世間では騒ぎになっているようで、見たくも聞きたくもないのに、犯人の情報が入ってくる。

 悠斗や瞬は言わないが、二人のもとへも記者達が押し掛けているようだった。

 忠告されていたのに。自己防衛さえしていれば、誰にも迷惑をかけることはなかった。

 そう思えば思うほど、後悔の念がこみあげてくる。

「よっくん。今日、シュンくんと、ユウトくん。生の歌番組に出るんですって」

 義姉の恭子の声が聞こえて、芳樹は我に返った。恭子は、晴樹が幼稚園へ行っている間、毎日のように病室に顔を出してくれている。

「えっ? 二人で、ですか?」

「うん。よっくんに見て欲しいんだって」

 恭子は笑顔で、芳樹に告げる。芳樹は無理やり笑顔を作ってそれに答えた。

 恭子が帰ったあと。

 一人、病室に残った芳樹は考えていた。

 二人で、歌番組へ出ることの意味を。

 Winは三人で、一つのグループだ。ソロで歌う部分も三人それぞれに割り振られている。

 騒がれている今、テレビ局が話題づくりのために、悠斗達に出演依頼をかけたのだろうとは思う。

 自分は必要ないということだろうか。

 そんな考えが頭を過る。

 悠斗と瞬がいれば、Winは成り立つと、それを知らせるために見てほしいと言ったのか。

 芳樹は必要ないと知らせるために?

 芳樹はネガティブになりすぎているとは思ったが、どうしてもその考えが拭えなかった。

 うじうじと考えている内に、音楽番組の放送時間になってしまう。

 芳樹は迷った挙句、放送開始時間が少しすぎてから、テレビをつけた。

 女性シンガーのあとに登場したのが、Winだった。

 司会者のアナウンサーが、Winを紹介する。

『次はWinです』

 悠斗と瞬の二人が、画面に映し出される。

 黒い衣装は、美王化粧品のCMソングを歌うとき用の物だ。

『本日は、ヨシキさんが療養中ということで、ユウトさんとシュンさんのお二人で、歌っていただけるのですね』

 司会者に、瞬は爽やかな笑顔で答える。

『はい。今日はヨシキの分まで、ユウトと二人頑張って歌います』

 瞬はテレビでは、悠斗と芳樹の事を呼び捨てにする。真希がユウ君やヨシ兄という言い方が瞬の顔に似合わないと禁止しているのだ。

『ヨシキさんを心配する声が、あちこちから上がっていますが』

『ヨシキのことについては、皆さまにご心配をおかけしてすみません。ヨシキは順調に回復しています! 今もテレビ見てくれてまーす』

 悠斗がイェーイと画面に向かってピースする。瞬がその手を容赦なく下に下ろさせたので、観客から笑いが起こった。

『ヨシキは絶対に戻ってきますんで、今日は俺達だけで我慢してくださいね』

 瞬がウインクすると観客が湧いた。それを機に瞬たちはスタンバイに向かう。

『ヨーシキー。行ってきまーす』

 悠斗は、フレームアウト間際に、カメラに向かって、手を振った。

 芳樹は思わず、苦笑する。

 そして、目を伏せた。

 布団を、握り締める。

 悠斗と瞬は、自分に見切りをつけた訳ではなかった。それどころか、戻ってこいと言ってくれた。これだけ、騒動を起こし、迷惑をかけたのに。

『それでは、歌っていただきましょう。大ヒット中の曲。Winで誘惑のキス、本日はスペシャルバージョンでお送りします』

 アナウンサーの声に顔を上げた。

 曲が始まる。振りつけは二人用に新しくつけたことが分かる。芳樹のパートは二人で歌っていた。二人の歌声の中に、自分の声が入っていないことに違和感を覚える。

 芳樹は、自然と歌を口ずさんでいた。

 この中に入りたい。

 悠斗と瞬と一緒に踊りたい。

 歌いたい。

 そんな欲求が芳樹の中に芽生えた。

 自分がこんなにWinに執着しているとは思ってもみなかった。二人の引き立て役だと思っていた時。いつ、脱退してくれと言われてもいいと考えていた。

 それなのに、今はこんなにも戻りたいと思っている。

『Winで、誘惑のキスでした。次回登場していただく時は、三人そろったWinを見られることを期待しましょう』

 アナウンサーがそう締めくくった。




 芳樹が退院する日。真希は悠斗と瞬のスケジュールをあけてくれていた。

 車の中では、いつも通り、瞬と悠斗が騒ぎ、真希が窘めるという光景が繰り広げられた。

 芳樹は変わらぬ三人の態度に、安堵を覚えたが、マンションが近づくにつれて心が乱れてくるのを感じた。

 マンションの駐車場に車を止め、三階までエレベーターで上がる。

 自分の部屋の前まで来た時。芳樹の胸は、嫌な音を立て始めた。

 心配はかけたくない。芳樹は、不安定な気分が顔に出ないように努力した。

「中、綺麗に片付けといたからね。お兄さんも、恭子さんも、手伝ってくれたんだから、あとで御礼言っときなさいよ」

 真希が笑顔で、鍵を鍵穴に差し込んだ。

 解錠する音が響く。

 芳樹は真希のあとに続いて部屋に入った。俯き加減で歩く芳樹の後ろを、悠斗と瞬が芳樹の荷物を持って付いてくる。

 気分はどんどん落ち着かなくなり、心臓のが先ほどよりも素早い音を刻んだ。

 真希がリビングに続くドアを開け、芳樹が通れるように、脇に避けた。

 芳樹の視界に、リビングが映る。

 少しだけ、顔をあげた。

 ソファーが目に入る。

 ソファーに傷がない。

 ナイフで、切れたはずなのに。

 冷静な状態なら、新しく購入されたものだと分かるはずだが、この時の芳樹には分からなかった。

 芳樹は、我知らず服の胸元を強く掴んだ。体が震え始めたが、本人は気づいていなかった。

 あの時。割れたガラスが、光っていた。芳樹が投げつけた物が、あちこちに散乱していたはずなのに。

 床に、その名残はない。

 芳樹はさらに顔を上げた。

 正面のカーテンに目が吸いつけられる。

 あの日と同じカーテン。

 背中を刺された時、目を見開いた視界のすべたがカーテンの柄だった。

 芳樹が縋りついたせいで、半分ほどカーテンレールから外れた時の、大きく不快な音。

 訪れた、痛み。

 あの時感じた全てが蘇り、芳樹を支配する。

「ヨシキ?」

 立ちつくしていたせいで、リビングに入れない悠斗が不審げに声を上げた。

 絞られるような痛みが胃を襲う。

「真希ちゃん、ゴメン」

 それだけなんとか囁いて、芳樹は二歩程後退したあと、踵を返し、悠斗と瞬を押しのけて部屋を走り出た。

「ヨシ兄」

 呼びとめるように、名を呼ばれたが、部屋にいることが我慢できなかった。

 口元に手をやり、ドアに背を向け壁に手をついた。そのまま、ずるずるとしゃがみこむ。

 自分がもの凄く、弱くなった気がした。

 部屋を見ただけで、こんなに取り乱してしまうとは。

 こみあげてきた嘔吐感に、ひたすら堪える。

 しばらくして、背に誰かの手が添えられた。体を強張らせた芳樹の耳に、真希の心配げな声が届く。

「ヨシキ、大丈夫? ごめんね。考えが足りなかった。思い出しちゃったわね」

 真希に背中をさすられているうちに、激しい嘔吐感は次第に去っていった。

 幾分気分のよくなった芳樹は、血の気の無い顔を上げた。

 芳樹の横にしゃがんで背をさすってくれていた真希に、顔を向ける。真希は自分も苦痛を感じているように、綺麗な顔を顰めていた。

「こっちこそ、ごめん。取り乱して。せっかく部屋片付けてくれたのに」

「そんなのいいのよ。ヨシキが悪いんじゃないんだから、気にしないの。それより、どうしようか、しばらくはホテル暮らしにする?」

 そんなことは出来ない。ただでさえ、余計な手間と迷惑をかけているのだ。これ以上、事務所にも、真希達にも負担はかけたくない。真希が兄の名を出さなかったのは、事前に兄の家には帰らないと告げていたからだろう。

 この部屋に戻る。と、芳樹が言おうと口を開いた時。芳樹を追いかけるように部屋を出てから、静観していた悠斗が、声を上げた。

「俺の家、来いよ」

「え?」

 芳樹はしゃがんだまま、少し向きを変え、近づいてくる悠斗を振り仰いだ。悠斗は芳樹のすぐ横に立つと、腰をかがめた。

「だ、か、ら。とりあえず、俺の部屋に泊りゃいいじゃん。間取りは一緒だけど、家具とか全然違うし、大丈夫なんじゃないの?」

 悠斗が、笑顔をつくり芳樹に手を差し伸べた。その手をとると、力強くひっぱられ、気づくと、立ち上がっていた。

 真希は、思案するように顎に手を当てる。

 その横で、瞬が芳樹の腕をとる。

「ヨシ兄。ユウ君の部屋が嫌なら、俺の家でもいいよ」

「でも、このマンションにいるのも嫌なんじゃないの?」

 真希に問われ、芳樹は目を伏せた。

 確かに、マンションに近づくにつれ、気分が重くなった。

 だが、今は悠斗と瞬が近くにいるせいか、随分と気持ちが楽になっている。

「それは、大丈夫だと思う」

 芳樹が答えた時、悠斗は瞬に目を向けていた。

「シュンの部屋は駄目だっつーの。おまえん家汚ねぇから、ヨシキ、落ちつかねぇだろ」

 悠斗の言葉に、いつも通り瞬は頬を膨らませた。

「汚くないもん。最近は真希ちゃんが、よく来て、片づけてくれるから……」

 言いかけた瞬の口を、真希が慌てて塞いだ。あーあーあーという声付きだ。瞬の部屋によく来ているということを知られたくなかったらしい。真希の顔は真っ赤になっていた。

「別に、いいのに。カップルなんだから」

 悠斗が、真希の反応に呆れた声をだした。

「だよねー」

 悠斗が真希の手を口からはずさせて、同意する。

 真希は気を取り直すように、咳払いした。

「おっほん。で、ヨシキ、どうする?」

 問われて、瞬は無意識に悠斗を見てしまった。悠斗はじっと芳樹を見返した。悠斗の目に強い光が宿っている。

「ヨシキ、俺の所くるよな。な!」

 念を押すように言われて、芳樹はつられるように頷いてしまっていた。


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