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アイドルLovers  作者: 愛田光希
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第十四章 救出

 真希の携帯電話が着信を告げたのは、夜の八時近くなってからだった。

 瞬と悠斗が出演しているドラマの撮影が、思いのほか早く終わって、瞬と二人で食事をした帰りのタクシーの中だった。悠斗は、用があるとかで、撮影所を出たあと、別行動をとっている。

 瞬が、物問いたげな顔をこちらに向けるので、芳樹からの電話だと教えてやる。瞬は安心したように、にっこり笑って、電話にでるよう、真希に勧めた。

 通話ボタンを押して、携帯電話を耳に当てる。途端、芳樹の真希を呼ぶ声が聞こえてきた。

 彼のこんなに焦った声は初めて聞く。真希の胸に嫌な予感が走った。

 焦る芳樹を宥めて、話を聞くうちに、嫌な予感が的中した事を知る。

 芳樹の周りで最近起こっている、ストーカー行為。今まで、芳樹に直接危害を加える物ではなかったが、事態が急変しようとしている。芳樹は怯えているようだった。

 私が焦ってはいけないと、心の中で、自らに言い聞かせる。

 真希の様子で、異変に気付いたのだろう。瞬が心配そうな顔で、真希を見つめている。

「ねぇ、ヨシキ。とりあえず、私達がそっちつくまで電話切らずに話してましょう。その方がヨシキも安心でしょう」

 芳樹が少しずつ落ち着いてきているのを感じながら、真希はつとめてゆっくりと言葉を紡ぐ。

 その時、電話の向こうで微かにインターホンの音を聞いた気がした。真希の心に不安が巻き起こる。

 芳樹は随分と落ち着きを取り戻していたのだろう。来客者を確認したようだった。真希に宅配業者が訪ねてきたと告げてきた。

「まさか、ドア開けたんじゃないでしょうね。送られてきた物が爆弾とかだったらどうするの?」

 爆弾という物騒な言葉にタクシーの運転手が驚いたように、バックミラー越しに真希を見た。隣に座る瞬からも痛いほどの視線を感じる。

『真希ちゃん。さすがにそれはないと思うよ。電話かかってきたのはさっきだし、あの男から送られてきた物だとしても、送ったのは今日より前だから、心配する必要はないと思う』

 芳樹の穏やかさを取り戻した声に、確かにそうかも知れないと、真希は納得してしまった。

 通話は切らないようにとだけ告げる。

 芳樹はその通りにしたようだった。携帯電話から、声ではなく大きめの物音がしたので、芳樹が携帯電話をどこかへ置いて、荷物を取りに行ったのだと真希は思った。

「ねぇ。真希ちゃん。ヨシ兄何かあったの?」

 真希が口を閉ざすのを見計らっていたのだろう。瞬が尋ねてきた。真希は瞬に目を向け、声が電話の向こうに漏れないように、通話口を押さえた。

 瞬に答えようとした刹那。真希は携帯電話から、何かがぶつかる音と、ガラスが砕けるような音を聞いた気がして、耳から少し離していた携帯電話を再び耳に当てた。

 芳樹の名を呼びたいのをこらえて、真希は芳樹の身に何が怒っているのか聞きとろうとした。

 しばらくして聞こえてきたのは、明らかに芳樹ではない男の怒鳴り声。真希は息を飲んだ。携帯電話は、伏せて置かれているのだろうか。声が聞こえるが、その内容は聞き取れない。

 芳樹の部屋を訪ねてきたのは、宅配業者だと言っていた。

 顔見知りの配達員だと。

 不意に、真希の中で、全てがつながった気がした。

「そう言うことだったの……」

 真希は呆然と呟いた。

 宅配業者の人間なら、芳樹の家の住所を知っている。芳樹にプレゼントを贈ることなど造作もないだろう。電話番号も、送り状に書いてあった物を見たのか、もしくは、芳樹が不在通知書を見て、配達員に電話をかけたのかもしれない。いずれにせよ、電話をかけることも、芳樹の住所を知って物を送ることも、配達員ならやろうと思えば簡単にできるはずだ。

 何故、気づかなかったのだろう。

 真希が、ドアを開けないように、止めていれば芳樹は危険を回避できたのに。

 真希の胸に後悔が押し寄せてきた。

「運転手さん。急いでください緊急事態なんです」

 真希は、声を上げていた。運転手は真希の気迫に押されたのか、慌てて頷いて車のスピードを上げる。

 瞬が焦燥したように、真希の肩に手を置いた。

「真希ちゃん、一体どうしたっていうの?」

「シュン。ヨシキが危ない!」

 携帯電話から、こちらの声が向こうへと届かないようにしながら、瞬を見た。

「どういうこと?」

 瞬には、芳樹がストーカー行為を受けていたことを伝えていない。訳が分からないのは当然だろう。だが、今は詳しく話している暇はない。

「シュン、あんたのケータイ貸して。それで、コレ聞いといて。でも、絶対こっちの声が漏れないように、手で押さえとくこと」

 そう言って、真希は戸惑う瞬に自身の携帯電話を押しつけ、瞬の携帯電話を奪った。

 瞬は携帯電話を耳に当てて、驚いたような顔を真希に向けた。物問いたげな顔を向けてくる。

 瞬の視線には気づいたが、真希は瞬に構っている暇はなかった。

「もしもし、ユウト?」

 瞬の携帯電話を使って、呼び出したのは悠斗だった。悠斗は、瞬からと思っていた電話の相手が真希だったことに驚いたようだ。

 だが、今、理由を説明している暇はない。

「ユウト、今どこにいる?」

『家に帰る途中だよ。さっき大通りの角曲がったところ。それがどうかした?』

 のんびりとした悠斗の声に、真希は苛々して声を荒げた。マンションに戻っていれば、すぐにでも、芳樹の部屋へ直行してもらうつもりだったのに。

「戻って!」

『は?』

 悠斗は不審げな声を上げる。今悠斗のいる場所からなら、マンションよりも、交番の方が近い。走れば、一分もかからないだろう。真希は、もどかしさを押さえながら、言葉を続ける。

「大通りの角に、交番あるでしょう。そこまで走って! おまわりさんに、ケータイ渡して。早く!」

 警察には、今朝ストーカー被害について、相談している。夜間の見回りを増やしてもらえることになっていた。

 とにかく、悠斗の案内で、マンションに向かってもらった方が、今から警察に電話するより、早くマンションへたどりつくはずだと、真希は判断したのだ。

 真希の切迫した様子を感じ取ったのか、悠斗は余計なことは聞かずに、真希の指示通り動いたようだった。

 ほどなくして、交番勤務の警官に電話が渡り、真希は簡潔に現状を説明した。




 真希がマンションの三階に着いた時。芳樹の部屋のドアの前には、制服警官四人と悠斗の姿があった。

 警官の一人が、しきりにドアに向かって声をかけている。

「ユウト」

 名を呼ぶと、悠斗と警官が真希を振り返った。

「俺達もさっき着いたところ。呼びかけてるけど応答がない」

 悠斗の顔がいつになく焦りをおびていた。警官から事情を聞いたのかもしれない。

「ケータイからも、音が聞こえなくなった」

 瞬が真希の携帯電話を握り締めたまま、泣きそうな声を上げる。

「鍵ありますか?」

 警官の一人が、真希に声をかける。真希は慌てて鞄の中から、芳樹の部屋の合鍵がついた鍵束を取り出した。その中から、芳樹の部屋の鍵をより分けて、警官に渡す。

 鍵を受け取った警官は、他の警官と合図を交わすように頷き合った。

「今から、突入します。ここにいてください」

 それだけ言うと、一人の警官がドアのカギを開けて、全員が勢いよく室内へ踏み込んだ。

「おまえ、何やってる!」

 警官の誰何する声が、ドアの前に佇む三人に届いた。

 開かれたリビングのドアから、警官達と男一人が揉み合う姿が見え隠れした。

 怒号と、激しい物音が響き渡る。

「真希ちゃん、ごめん」

 不意に、真希は肩を押しのけられた。バランスを崩した真希は、瞬に肩を支えられる。

「ユウト!」

 悠斗が、真希を押しのけて、室内へ入ってしまった。

 真希は、考える間もなく、悠斗を追いかけた。瞬は何も言わずに、真希のあとに続く。

「ヨシキ」

 悠斗の声が悲痛をおびていた。

 リビングの入り口に立って、真希は呆然と室内を見渡した。

 灯りの付いた部屋は酷い有様だった。

 カーテンは、半ばカーテンレールから外れ、床には物は散乱していた。いくつもの、ガラスの破片が床に散らばり、きらきらと光を反射させている。ソファーが無残に切り裂かれたていた。

 テーブルが、裏返り、机の脚がまるで四本の小さな柱のように見えた。

 悠斗は、その机の脇、部屋のほぼ中央の位置に膝をついていた。

 彼は横たわる人物を、腕に抱え、声を上げた。

「おい、ヨシキ! しっかりしろ」

「ヨシ兄!」

 瞬が真希の横をすり抜けて、芳樹を挟むように、悠斗の正面に膝をついた。

 真希は、瞬の声に我に返った。

 この部屋にはストーカーがいる。

 危険だ。

 部屋にはずっと男の喚き声が響いていた。視界に入っていなかった、部屋の隅。警官が三人がかりで、男を取り押さえていた。男に手錠がかけられる。

 この男が犯人か。

 真希は男を睨みつけた。男の目は、芳樹しか映していないようだった。

 ずっと、芳樹は俺のものだ。触るなと喚き続けている。

 吐き気がしそうだ。

 こんな男に、芳樹は……。

 警察が確保しているなら、瞬と悠斗は大丈夫だ。

 一人の警官が無線で、応援を呼んでいるのを聞きながら、真希は急いで芳樹のもとへ足を向けた。

「ヨシキ」

 声をかけるが、反応がない。

 よく見ると、芳樹の顔には殴られたようなあとがあり、首にも痣のようなものが出来ている。

 首を絞められたのか。

 後悔の念が、真希を襲う。体が震えた。泣いている場合ではないと思うのに、涙が目に浮かんでくる。

「真希ちゃん、ユウ君」

 瞬が震える声を発した。

 二人の視線が、芳樹から、瞬に映る。

 瞬はこれ以上ないというほど青ざめた顔で、真希、悠斗の順に視線を送り、右手を胸の高さほどに上げた。

 その手の指に赤い液体が付いていた。

「血?」

「ここに、血が、溜まってる」

 今にも泣きだしそうな瞬の声。

 愕然と床にできた血溜まりを確認した悠斗と真希は、芳樹の顔に視線を移す。血の気の無い、芳樹の顔に。

「何でだよ。ヨシキ、ヨシキ、ヨシキ」

 悠斗は我を忘れたように、抱えた芳樹の顔に手の平を当て、芳樹の名を呼び続ける。

 しかし、芳樹は目を開けない。

「ナイフで刺されたようですね。先ほど、救急車を呼びました」

 警官の一人が、真希達に近づいて来た。気づかぬ間に、警官の数が増えている。真希の目の端に、要領を得ない言葉を喚き続ける男が、四人の警官に挟まれ、部屋を連れだされる姿が映った。近づいて来た警官が、瞬の横に膝を付き、芳樹の口の上辺りに手をかざした。

 ナイフで刺されたという、ショッキングな言葉を聞いて、悠斗も真希も瞬も、声を発することが出来なくなった。

 最悪の事態が、頭を過る。

 警官は、勇気づけるように声を張った。

「大丈夫。まだ、息はあります。とにかく、止血しましょう」

 冷静な警官の声が、真希には、酷く遠くから聞こえるような気がした。


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