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アイドルLovers  作者: 愛田光希
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第十三章 恐ろしい現実

この章は暴力的行為の描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。

 芳樹は携帯電話を取りだした。

 とにかく、誰かに連絡を取りたかったのだ。

 独りでいるのが、無性に怖かった。

 無意識に悠斗の電話番号を呼び出し、慌てて画面から番号を消した。暗い路地で、女とキスをしている悠斗の姿が脳裏を掠めたのだ。

 芳樹は震える指で真希の番号を呼び出し、電話をかける。

 コール音が鳴る間、早く、早く出てくれと芳樹は願った。

「真希ちゃん!」

 通話がつながったと同時に、芳樹は声を上げた。

 電話の向こうで、真希が訝しげな声を上げる。

『ヨシキ? どうかしたの?』

 芳樹は唾を飲み込んでから、口を開いた。

「あの、今、帰ったら、電話が、どうしよう。許さないって」

 焦るあまり、言っていることが支離滅裂だ。これでは、相手に伝わらない。頭では分かっているはずなのに、上手く言葉が出てこない。

『ヨシキ! ちょっと、落ち着きなさい』

 真希から叱咤の声が上がる。真希に深呼吸をするように言われ、その通りにした。

 数度、深呼吸を繰り返す。

『どう? 少しは落ち着いた? 何があったの』

 急かす口調なのは、真希にも芳樹の焦りが伝わったからだろうか。

 芳樹はもう一度深呼吸する。

「今、あの男から電話があって、俺が浮気したから、許さないって。それだけ言って、電話が切れたんだ」

『浮気?』

「さっきまで、カズヤさんと飲んでて、車で送ってもらったのを、見られたんだと思う。どうしよう、真希ちゃん。電話の男、きっとこの近くにいる……」

 言葉を紡ぐほどに、恐怖が増した。

 先ほどとは違い、ゆっくりとした口調の真希の声が耳に届く。

『ヨシキ、今、私、瞬と一緒にタクシーでそっちのマンションへ帰る途中なの。十分もすれば、着くから、だから、大丈夫。大丈夫よ』

 真希の声には落ち着きが戻っていた。

『とりあえず、そこから動かないで』

「分かった」

 芳樹は、頷いた。声がみっともなく震えている。いくら年下とはいえ、女性の真希に頼っている自分が情けない。

 一人では結局なにも出来ないのだ。

『ねぇ、ヨシキ。とりあえず、私達がそっちつくまで電話切らずに話してましょう。その方がヨシキも安心でしょう』

 真希の声は穏やかで、芳樹も幾分落ち着きを取り戻してきた。

 了承の意を伝えようと口を開きかけた時。

 遮るように、インターホンが鳴った。

 思わず、怯えが走り、体が震える。

『ヨシキ? どうしたの? 誰か来た?』

 真希の声に、芳樹は我に返った。インターホンの呼び出し音はいまだになり続けている。

「うん。そうみたい。出てみるよ」

 恐怖心を押し殺して、芳樹は告げた。

『ちょっと、ヨシキ』

「大丈夫。モニター付いてるから、知らない人だったら、開けないし。もし、電話の男なら、警察呼べばいいし」

 そう言っている間も、インターホンは鳴り続けている。

 芳樹は、意を決し、インターホンの受話器を上げた。小さな画面に、見慣れた制服をきた、愛想のいい笑顔の男が映った。

 宅配便の配達員だ。慣れ親しんだ顔を見て、少しほっとする。今にも電話の男が乗り込んでくるのではないかと怯えていた自分が馬鹿みたいに思えた。

 エントランスの自動ドアを開ける操作をして、芳樹は携帯電話を耳に当てた。

「宅配便だった。顔見知りの人だから大丈夫だよ」

 そう告げると、真希は焦ったような声を上げた。

『まさか、ドア開けたんじゃないでしょうね。送られてきた物が爆弾とかだったらどうするの?』

 真希の物騒な言葉に、芳樹は苦笑した。

「真希ちゃん。さすがにそれはないと思うよ。電話かかってきたのはさっきだし、あの男から送られてきた物だとしても、送ったのは今日より前だから、心配する必要はないと思う」

 そんな会話を交わしている間に、配達員がドアの前にたどり着いたようだった。

「真希ちゃん、来たみたい。荷物受け取って来るよ」

『分かった。でも、通話は切らないようにね』

 真希の言葉に、返事をして、芳樹は携帯電話を、固定電話の横に置いた。

 芳樹はドアを開いた。

 ドアの前には、いつもの配達員が立っていた。

 いつものように、爽やかな笑みを浮かべている。

 だが、違和感を覚えた。

 違和感の正体が何か気づく前に、配達員の男が動いた。

 男に突き飛ばされたのだと気づいたのは、勢い余って廊下に尻もちをついてからだ。

 唖然と男を見上げると、男の顔から笑みが消えていた。男は後ろ手に、ドアの鍵を閉めたのだろう。施錠する音が芳樹の耳に届いた。

 芳樹は今更ながら、違和感の正体に気付いた。

 彼は荷物を持っていなかった。配達員である彼が何も手にしていなかったからこそ、違和感を覚えたのだ。

 男が動いた。芳樹の服の襟もとを掴み上げ、無理やり芳樹を立たせた。

「よくも、裏切ったな」

 いつもの明るい口調とは、まるで違う暗く低い声が鼓膜を震わせる。怒気を含む声だ。

 芳樹は目を見開いて、男を凝視した。

 男の顔からは、表情が抜け落ちている。

 男は、芳樹の襟を掴んだまま、引きずるように廊下を進んだ。リビングに入った瞬間、テーブルに叩きつけるように放り出される。

 脇腹を強くテーブルに打ち付け、痛みに小さく呻く。テーブルに置きっぱなしにしていたコップが、床に落ちて砕ける音が室内に響いた。

「おまえが、悪いんだよ。浮気なんてするから」

 男の低く、掠れたような声が耳を打つ。痛む脇腹を押さえつつ、芳樹は顔を上げた。

 明るい室内で、男の瞳と視線が絡まる。

「何で……」

 声がみっともなく震えていた。

 いつも、屈託のない爽やかな笑顔で、荷物を運んでくれる彼に、好感を抱いていた。

 Winを好きだと言ってくれた彼が、脳裏を過る。

 彼の訳がない。

 違う。

 そう思いたいのに、今の彼の声は、あの電話の声と類似していることに気づく。

「あんただったのか? 贈り物も、電話も、全部あんたが? どうして……」

 見上げた男の口元が、歪んだように開くのが目に入った。

「どうしてだって? 恋人なんだからとうぜんだろう」

「恋人?」

 男が近づいてくる。その分、芳樹は、座ったまま後退る。

「そう。恋人の俺がいるのに、浮気しやがって」

 男は一気に芳樹との距離を詰めると、先ほどと同じように、芳樹の襟もとを掴んで引きあげた。

 中途半端に立たされた芳樹は、頬に強烈な痛みを感じたあと、派手な音を響かせて、壁にぶつかる。

 頭がくらくらした。殴られた頬も、壁にぶつけた腕も、どこもかしこも痛い。

「俺、は、浮気なんて、して、ない」

 痛みをこらえながら、芳樹は切れ切れにそう口にした。

「嘘だ、俺は見てたんだ。おまえが男といるところを。恋人の俺がいるのに! おまえが俺を裏切ったんだ」

 男が突如、激昂するように叫んだ。

 芳樹はその声に、身を震わせる。ゆっくりと、壁にそうように動きながら、口を開く。

「そもそも、俺は、あんたと恋人になった憶えは、ない」

 芳樹は壁際に置いてある棚の横に立って、男を見据えた。震えそうになるのを懸命にこらえる。

 芳樹の視線の先には、男と、その後ろにある通話がつながったままになっている携帯電話があった。まだ、携帯電話の存在に気づかれていない。

 時間を稼げば、きっとなんとかなる。

 携帯電話の存在に、少しだけ希望を見いだした時。再び男が声を荒げた。

「ふざけるな! 俺がおまえに、好きだと言った時、おまえは嬉しいと言ったじゃないか」

 この男が言っているのは、あの時のことか?

 彼と会話らしい会話を交わしたのは一度きりだ。その時の情景を思い浮かべながら、芳樹は口を開く。

「違う、勘違いだ。俺が嬉しいと言ったのは、君がWinのファンになったと言ってくれているのだと思ったからで……」

「俺を弄んで楽しいか? あんなに貢いでやったのに」

 男の怒声が部屋に響き渡る。

 どうして、弄ぶという発想になるのか、芳樹には分からなかった。男は貢いでやったというが、一度でも芳樹がプレゼントしてほしいと頼んだことがあったか?

 勝手に物を送りつけてきて、勝手に満足していただけではないか。

「あんたは、俺を好きだというが、あんたは俺の気持ちを考えたことがあるのか? どこの誰とも分からない人から物を送られて、毎日のように電話がかかってくるんだぞ。相手がどういう気持ちになるのか、想像してみろよ」

「愛を交わし合ったんだ、恋人の電話だって分かるのはとうぜんだろう」

 相変わらず、低く掠れた男の声。

「だから、恋人じゃない」

「恋人だよ」

 話が通じない。

 芳樹の常識が彼には通用しないのだ。

 そう思うとぞっとした。

 男が近づいてくる。

 芳樹は咄嗟に、棚の上に置かれている花瓶を手に取った。

 それを思い切り投げつける。

 花瓶は、男の横をすり抜けて床に落ちて、粉々に割れた。

 芳樹は棚にある物を手当たりしだい、男に投げつける。大きな音を立てれば、真希が異変を察知してくれることに期待して。

 棚に置いていた物をほぼ投げつけ終えて、芳樹は男が怯んでいる隙に、ベランダへと足を向けた。

 ベランダへ出て、大声で叫べば誰かが気づいてくれるかもしれない。

 そんな一縷の望みをかけて、芳樹はカーテンに手を掛けた。

「うっ」

 男に背を向けたのが、あだとなった。

 背中に何かがぶつかる強い衝撃を受ける。

 体がガラス戸に押し付けられる。

 男の荒い息が耳朶を掠めた。

 男の息が遠のいていく。

 ブチブチと大きな音を立てて、カーテンがカーテンレールから半ば外れた。

 芳樹が、カーテンを強く掴んだまま、床に膝をついたからだ。

 背中の一部が、どくどくと、脈を打っていた。

 背中に濡れた感触。

 痛み。

 カーテンを強く掴んでいた指から、力が抜けた。

 そのまま、床に横たわる。

 体に力が入らなかった。

 そっと、首を動かして背後を見ると、男が芳樹を見下ろしていた。

 その手には、赤く濡れたナイフが握られていた。

 芳樹と男の目があった。

「あんたが悪いんだ。俺の言うこと、きかないから」

 男は芳樹に向かって、ナイフを振り下ろした。芳樹は渾身の力を振り絞って、そのナイフを避ける。ナイフは、床に傷を残した。

 芳樹は、床を転がって、壁に手をつきながら起き上った。

 男が迫って来る。咄嗟に、ナイフを握っている男の手首を掴んだ。

 男ともみ合いになる。

 ナイフは芳樹の腕に傷をつけ、近くにあったソファーを切り裂いた。芳樹は、必死で、壁に男の手を打ちつけた。

 ナイフが男の手から飛んだ。

 ナイフは、壁に当たって跳ね返り、床を滑ってくるくると回った。

 それを見て、少しだけほっとした瞬間。男は芳樹が掴んでいた手首をはずさせた。

 逆に、芳樹の腕を掴むと、芳樹の体を引きずるようにして、部屋を移動した。テーブルを蹴倒して、空間を開けると、そこに芳樹の体を投げ出す。

 背中に激痛が走った。

 仰向けになった芳樹の上に、男が馬乗りになる。抵抗しようと体を動かす芳樹を、男は二度三度と殴った。

「おまえは、俺だけの物だ」

 ほとんど抵抗すらできなくなった頃、男がそう呟いた。芳樹の頬を両手で、なぞるように上から下へと撫でて行く。

「やめろ」

 拒絶の言葉は、ほとんど聞き取れないほど小さかった。

 声に力が入らない。

 頬から首筋へとなぞっていた男の手に、急に力がこもった。

「おまえは、俺の物だ。俺の物なんだ」

 男が熱に浮かされたように、呟く。

 芳樹はほぼ無意識に、首に巻きついた男の手をはずさせようともがく。

「おまえが死ねば、おまえの全てが手に入る」

 首に巻きついた男の指に、より力が加わった。

 息が出来ない。

 苦しい。

 視界が、かすんでいく。

 かすんだ視界に、男の狂気に満ちた笑顔が映った。

 こんな風に死ぬのか?

 こんな男に、殺されなければならないのか?

 好きだと言いながら、自分を物としか見ていない男の手にかかって。

 嫌だ。

 芳樹の目尻から、一筋涙がこぼれた。

 頭に悠斗の顔が思い浮かぶ。

 どうせ、死ぬなら、玉砕覚悟で、好きだと言えばよかった。

 最後に見た悠斗の姿が、女性とのキスシーンなんて。

 本当に、最悪だ。

 願いがかなうなら、死ぬ前に、もう一度だけ、悠斗の顔を見たい。

 意識が遠のいていくのを感じながら、芳樹は願った。


 お願い、神様。

 最後に、もう一度だけ……。


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