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アイドルLovers  作者: 愛田光希
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第十一章 ストーカーは誰だ?

 翌日。社長は前言通り、業者を入れて、芳樹の部屋を調査した。

 結果としては、隠しカメラも盗聴器も発見されなかった。

 そのことに、少しほっとした。電話の男は、少なくとも芳樹の部屋に入って来たことはないのだろう。そう思うと、少しだけ気分が楽になった。

「何もなくて、良かったっすねー」

 業者を部屋から送り出したあと、一緒に作業を見守っていた、リバースタープロダクションでマネージャーをしている乾が言った。

 乾は去年入ったばかりの新人マネージャーで、芳樹が一人で仕事の時など、たまについてくれる。彼がリバースターに入る前までは、単独の仕事の時は、一人で現場に入っていた。

 今日は、このあと、新しく出すシングルのカップリング曲を録音することになっていた。悠斗と瞬は、大学とドラマの撮影があるので、レコーディングは芳樹一人だ。




 乾の運転する車で、レコーディングスタジオに入った。

 レコーディングは、休憩をはさんで三時間かかった。時刻はすでに、夕方の四時を過ぎている。

 芳樹がレコーディングをしている間、ふらっとどこかへ行っていた乾が戻ってきた。帰る支度をして、廊下に出る。しばらく廊下を進むと、乾が急に足を止めた。乾の少し前を歩いていた芳樹は、どうしたのかと、振り返る。

「ヨシキさん。ビッグニュースっすよ」

 興奮した乾の様子を訝しく思いながら、芳樹は彼の言葉の続きを待った。

「上の階のスタジオで、ワイルドのカズヤさんがレコーディングしてたんっすよ」

 スタジオに戻ってきた時から、どこかそわそわしているように、見えていたが、ずっとコレを芳樹に言いたかったのだろう。

 乾はワイルドのファンだ。ヨシキもワイルドが好きだと話したことがあるので、報告してくれたのだろう。

 カズヤの名を聞いて、芳樹は彼にキスをされた時のことを思い出した。

 彼に言われた言葉と同時に。

「見てください。コレっす。サイン貰ってきちゃいました」

 芳樹は驚いた。乾の手には、言葉通り、サイン色紙が握られている。確かに、カズヤのサインも入っていた。乾さんへとも書いてある。

「ちょっと、乾さん。スタジオにおしかけたんですか?」

 もしそうだとすれば、かなり非常識な行動だ。ここは、注意すべきだろう。

「違うっすよー、ヨシキさん。ワイルドのカズヤが上にいるって聞いて、いてもたってもいられず、その階に行ってみたんすよ」

 焦って言葉を紡ぐ乾。つまり乾は、レコーディング中の所属タレントを放っておいて、好きなアーティストのもとへ行っていた訳か。

 溜息をつきたくなっている芳樹に、気づいているのかいないのか。乾は喋り続けている。

「しばらく、その階でうろうろしていたら、何と、カズヤさんが出てきたんすよ。スタジオから!」

 そうか。それで、仕事も忘れて、サインをねだったのか。真希が聞いたら烈火のごとく怒りそうだ。

「その色紙はどうしたの?」

 なんとなく、疲れが倍増した気分になって、芳樹は聞いた。

 乾は嬉々として、胸を張る。

「いつも持ち歩いてるっす。だって、いつどんな大物と出会うか分からないじゃないっすか」

 芳樹はとうとう溜息をついた。その反応に、何を思ったのか乾がとんでもない事を告げてくる。

「あ、心配しなくても、ヨシキさんの分もサイン、貰ってきてるっすから」

 差し出されたサイン色紙を思わず受け取った。確かに、ヨシキくんへと書かれたカズヤのサインがある。

 芳樹は頭を抱えたくなった。これはもう、真希と社長二人がかりでお説教してもらおう。そう、心に決めて、芳樹がまた溜息をついた時だった。

 後ろから声をかけられた。

 振りかえると、上下とも黒い服を纏った背の高い男性がこちらにやって来る。芳樹は持っていたサイン色紙を、乾に押し付けた。

「よっ。ヨシキくん。久しぶり」

「カズヤさん! あの、申し訳ありません。うちのマネージャーが、大変失礼なことを」

 芳樹は深々と頭を下げた。

 頭を上げると、乾を見る。乾は、ぽかんと目と口を大きく開いている。何故、芳樹が頭を下げているのか、この様子だと分かっていなさそうだ。

「いや、謝る必要はない。ファンだって言われたら、嬉しいもんだよ。君は違う?」

 穏やかな低音が耳に届いて、芳樹はカズヤに視線を戻す。

「嬉しい……ですね」

 遠慮がちに芳樹は呟いた。

 始めは、迷惑をかけてしまったカズヤに詫びなければという思いが強かった。

 だが、詫びを終えると、急激に気まずさが芳樹を襲う。

 彼と、キスをしたのだ。

 違う。キスをされたのだ。

 不意に、芳樹を悩ます電話の声が、耳に蘇った。低く、掠れたような声。

 まさか、この人じゃないよな。

 カズヤの端正な顔をつい、まじまじと見つめてしまう。

 頭の片隅では、そんなことはあり得ないと思っている。

 最近、どこへ行っても、男性を見ると、犯人はこの人なんじゃないかという疑いを持ってしまう。

 疑心暗鬼が過ぎると分かっていても、一度芽生えた疑惑は、容易に消すことが出来ない。

「少し、痩せたんじゃないか?」

 カズヤが芳樹に向かって手を伸ばしてきた。思わず、びくっと体が反応する。

 怯えたような態度を取ってしまった。

 カズヤは苦笑して、手をひっこめた。

「あのー。カズヤさんは、ヨシキと……」

 親しかったのかと、乾は聞きたいようだ。カズヤと芳樹の間にあったことを、乾は知らない。

「まあ、この間。少し話をしたんだよ。な、ヨシキくん」

 意味ありげに微笑まれて、芳樹の頬は引きつった。

「へー、そうだったんすか。これからも、うちのヨシキをよろしくお願いしまっす」

 乾はとんちんかんな事を言って、頭を下げた。

 カズヤは鷹揚に頷いて、それじゃあと言って、踵を返す。

「はー、格好いいなぁ」

 感嘆の呟きを耳に聞きながら、芳樹は衝動的な行動に出た。

 カズヤの背を追いかけ、カズヤの服を掴んでしまったのだ。

「何?」

 怒ることもなく、カズヤは穏やかな目で、芳樹を見下ろした。

 芳樹は慌ててカズヤの服を離す。怖かったが、勇気を振り絞って背の高いカズヤを見上げた。

「あの、少しお話したいんですが」

 胸に芽生えた疑惑を早く払拭したかった。

 キスをされたけれど、この人はずっと憧れの人だった。

 この人が犯人じゃないかと疑ってしまう自分が嫌だ。

 答えを待つ芳樹に、カズヤは少し困ったような顔を見せた。

 それはそうだろう。

「今から、仲間と飲む約束してるんだが、一緒に来るか? たぶんもう向こうはかなり酔ってると思うから、こっちの話は耳に入らないと思う。それでいいなら」

 芳樹は数瞬迷ったが、頷いた。

 少し距離を置いて背後に立っている乾に、今からカズヤと飲みに行くと伝える。乾は少し羨ましそうにしながらも了承した。


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