プロローグ
芳樹が十歳の時。十三歳上の兄に連れられて、リバースタープロダクションが運営するダンススクールへやってきた。
担当の若い女性スタッフに案内されて、ダンスレッスンを見学する。
沢山いる生徒の中、一際目を引く容姿をした子どもを見つけた。
もの凄く可愛い子だった。
くりくりとした目は大きく、綺麗な鼻筋に程良い大きさの唇。
その子から芳樹は目を離せずにいた。
一目惚れだった。
ダンスレッスンが終わるまで、芳樹は、ずっとその子に視線を注いでいた。
「芳樹。どうする? やってみるか」
兄の問いに、芳樹は頷いた。兄は嬉しそうな顔をして、担当の女性と話はじめた。
芳樹はもう一度、先ほどの可愛いあの子に目を向ける。
芳樹の視線に気づいたのだろう。その子と目があった。
胸が騒ぎだす。
「芳樹くん。こっち」
そう言って、女性担当者が、芳樹の手を引いた。
「井上。こっち来て」
女性担当者が呼んだのは、先ほどまで芳樹が見とれていたあの子だった。
「何?」
面倒臭そうな表情だ。少しばかり、芳樹は傷ついた。
「この子、新しく入ることになった湧井芳樹君。年はあんたより、一つ上よ。井上の班に入れるから、仲よくしてやって」
「よ、よろしく」
頭を下げた芳樹を、舐めるように見て、その子は口を開いた。
「先に言っとくけど、俺、男だから」
「え?」
男?
芳樹は首を傾げた。どこからどう見ても、女の子にしか見えないが。
そう思ったのが顔に出たのか、井上と呼ばれた子は、不愉快な気持ちを隠そうともせず、言葉を続けた。
「俺の名前は、井上悠斗。正真正銘の男だからな。気持ち悪い間違いしやがったら、ぶっ飛ばすぞ」
「こら、井上。いきなりケンカ売ってるんじゃないわよ」
担当者が慌てたような声を上げて、悠斗を窘める。
何だ、男だったんだ。
この時。芳樹の初恋は、呆気なく終わりを迎えた。