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~懐かせましょう~




「…さてと。ユウイ、君の部屋に行きましょうか。」

「へや?わたしの?」

「ええ。ここは客室なんです。ユウイはもうお客様ではなくこの屋敷の住人なのですから。」

微笑んで言うが、ユウイは不安気な顔をした。

「……ソルティとはちがうへや?」


……可愛い。

「部屋は違いますが、隣ですよ。大丈夫。室内からも扉で繋げましょうか。」

決定ですね。近日中に工事させましょう。

ユウイはちょっと笑顔で頷き、ソルティの手を握ってベッドから出る。

「あのね、…ありがとう。わたしも、みんなも助けてくれて。」

ソルティは笑みが零れた。

「それはユウイの友人達を助けきってから聞きますよ。保護先を見つけてからなので、暫くは待たなくてはいけませんしね。」

ユウイは少し残念そうな顔をしたが、我が儘は言えない。保護先があるのは幸せなことだ。


頷いてから、客室を出た。




「……ここが、わたしのへや?」

「ええ。気に入って頂けましたか?」

ユウイの新しい部屋は薄い桃色を基調にして揃えられており、ベッドには大小様々な縫いぐるみ、クッションでいっぱいだった。


「かわいい…。ひろい…ここをわたしひとりで使っていいの…?」

「勿論。ユウイの部屋です。」

「……っうれしい。」

ユウイは涙ぐんでいる。施設に居た頃は、大部屋に男女関係なく放られていたので一人部屋なんて考えた事もなかっただろう。


「行きなりひとりだなんて淋しいと思いますが…3日以内には私の部屋とも繋がりますからね。」

「うん!」

ユウイは安心した顔をして、手を繋いだままベッドに向かった。縫いぐるみが気になるようだ。


「これ、くまさん?」

「そうですね。熊の編みぐるみです。」

「毛糸が…くまさんになってる。すごい…!」

「ユウイも作ってみますか?」

「っわたしにも出来るの?」

「練習しなくちゃいけませんけどね。講師を呼びましょう。」

「こうし?」

「編み方を教えてくれる人ですよ。」

「へえー!ソルティも、いっしょに教えてもらうっ?」

「…そうですね。一緒に習いましょうか。」

「うん!がんばるっ。」

ユウイは笑顔だった。それを見てソルティも笑顔になる。

「それでは、ユウイはもう寝ましょう。まだ身体は疲れていますよ。」

「……うん。」

「ユウイが眠るまでここに居ます。大丈夫。悪い人は居ませんよ。」

「……うん!」

部屋の明かりを消してユウイの目の上に手を翳す。

「おやすみなさい。ユウイ。」

「…おやすみない、ソルティ。」

疲れていたのだろう、ユウイは直ぐに眠りに落ちた。


ソルティはそれを確認して、そっと部屋を出る。廊下を渡り、ハウズールの所へ。




「父様。失礼します。」

「ソルティ。ユウイちゃんはもう寝たのか?」

「ええ、自室で。」

「そうか。…情報は?」

「私が掴んだ物とそう変わりません。数々の獣人の里から強制的に彼等を従わせ、徒党を作る事のない様に数人ずつに分け、反抗した者は同じ獣人に殺させる。毎日魔物と戦わせている様ですね。と、言うよりそれ以外をさせていないのでしょう。」

「……醜いな。」

ハウズールは眉をしかめる。

「それで、何故ユウイちゃんが魔の森に居たのかは?」

「ああ…どうやら私を狙っていた様です。その為の転移陣を、ユウイを逃がす為に他の獣人達が利用したのでしょう。」

「やはりソルティをか…。そこにも獣人を使うつもりだったのだろうな。」

「そうでしょうね。それで私を殺せると思ったのでしょう。」

二人で失笑した。

「舐められた物だなソルティ。」

「ええ、本当に。」

「まぁ貴族達は何にしろ、大人数の獣人は警戒するに越した事はない。先程イルティに文を出したから、イルティが到着するまで少し待ちなさい。」

「どちらにせよ直ぐに行動する気は有りませんよ。暫くユウイと居たいので」

「…………そうだったな。」

ハウズールは苦笑する。

「他に報告は?」

「有りません。ただ――」

「…何だ?」

「キウティ兄様の事です。」

思い当たる節があるのだろう、顔を歪ませて黙り込んだ。




「キウティ兄様がどんな形でも、ユウイに手を出したら…私は動きます。宜しいですね?」

確認だった。ハウズールは渋顔のまま、頷く。

「お話は以上です。では父様、失礼しました。」

そのまま父の執務室を出た。








今日は中々忙しい一日でしたね…

ソルティは自室に戻りながら考える。

明日は仕立て屋を呼んでいますから、ユウイを可愛く着飾りましょう。照れた様にはにかむ顔が目に浮かぶ。


編みぐるみの講師も手配しなくては。それから一般教養の講師も。

本当に毎日戦闘しかしていなかったのだろう、ユウイは会話も少し拙い。文字の読み書きなどは恐らく習っていない。


男性は論外ですが、女性にしても身をわきまえ獣人を差別しない人間。サデスに言って置きますか。最終判断は私がしましょう。


ああ、ユウイを連れて街に出るのもいいですね。たくさん欲しい物を買ってあげたい。


ソルティは久々に充実するであろう日々を思い、一人暗闇の中微笑んだ。





*





あれから数日。ユウイは見違える程可愛くなった。

綺麗な服を着て、栄養価のある食事を食べ、髪や肌を磨かれる。

頭の上に乗っている三角の耳も尻尾も肌触りは抜群だ。


ソルティはほとんどの時間をユウイと過ごした。

朝にまずユウイを起こし、一緒に草原に行く。

自分が世界を感じて(・・・)いる間、ユウイは身体を動かしていた。


そして一緒に朝食を取り、街へ遊びに行ったり、魔の森に行ったり、たまにソルティが勉強を教えてやったりする。


母もソルティが大事な人を見つけ人間らしくなった事に喜び、ユウイを受け入れた。


兄姉たちにも恐らく話しが行ったのだろう、二人からは文が来た。ユウイに会ってみたい、というものだ。



キウティからは獣人を屋敷に入れるなんて――という内容の文だったが。


屋敷の極一部の使用人は未だに不満に思っている様だったが、ソルティの手前冷遇される事はなかった。






ソルティがユウイを保護し、色々な所に連れ回してから六日目。

明日、キウティが帰ってくる。イルティが帰宅するのはその次の日だ。


この六日間、四度暗殺者が来た。その内二人はユウイを狙っていた。

ソルティはユウイに気付かせる事なく始末し、予定通りその夜雇い主であろう自国の貴族一人、他国の豪商を一人を滅茶苦茶に殺した。



ソルティが、依頼者である権力者を殺したのは初めてだ。他の人間もソルティが殺ったとは考えないだろう。だからソルティは花を残した。毒々しい紫色のアーティチョークを。花言葉は――警告。


今の所二人。あと十人程同じ様に殺し、同じ花を残せばいい加減分かるだろう。

その十人が直前に取った行動を。誰を狙った故に殺されたかを。








「ソルティー!これっ」

「どうしました?ユウイ。」

早朝、屋敷近くの草原。

「かわいいお花、みつけたっ」

ユウイが持って来たのは、綺麗なピンクのエリカだった。

「…可愛いですね。エリカですか。」

「えりか?」

「花の名前ですよ。」

「えりか…かわいい!」

見た目も名前も気に入ったのだろう。

屋敷の温室にエリカも入れましょうか。

「ソルティ、あげるっ。」

「え?」

「かわいいから、ソルティにあげる!」

「有り難うございます。ですがユウイも気に入ったのでしょう?私は…」

断り欠けると、ユウイの口がへの字に曲がった。

「………じゃあ、いっしょに育てる。」

ああ、可愛い。きっと純粋に綺麗な花を私にと思ったのでしょう。

歪んでいるのは私だ。

「いいですね。食卓に置いて、皆に愛でて貰いましょう。」

「うん!」

「一輪挿しを用意させなくては。ユウイ、そろそろ戻りましょうか。」

ユウイは頷いて、ソルティの手を握って屋敷に向かう。

ソルティはその手の温もりを感じながら、苦笑した。エリカの花言葉は―孤独。

私は孤独になる積りも、ユウイを孤独にする積りも有りませんよ。

そう考えながら、ユウイの手を握り返した。






「お帰りなさいませ。ソルティ様、ユウイ様。」

「ええ、只今帰りました。」

「ただいまです…。」


「朝食のご用意出来て居ります。まだ皆様は席に着かれておりませんが…。」

「朝食は父様達と一緒にお願いします。その前に、一輪挿しを用意して頂けますか?」

「畏まりました。お花を預からせて頂きます。」

「有り難うございます。」

「あっありがとうございます…。」

使用人はユウイには答えず、礼をして奥へ戻った。

平気な顔をしているユウイの頭を撫で、食卓の間に向かう。

「今日は何処に行きましょうか?ユウイ。」

「えっと、えと、ウィーにあいたい!」

「では魔の森ですね。朝食を食べ終わったら、少し勉強をしてから行きましょう。」

ユウイの講師はまだ決まっていない。選考中だ。

「おべんきょうすきー!」

「いい子ですね。」

「わたし、字、じょうずになりたい。ソルティみたいに!」

「たくさん練習しましょう。きっと上達しますよ。」

ユウイは笑顔で頷いたが、父と母が入って来るのを見て笑顔は消えた。


「おはよう、二人共。」

「お早うございます。父様、母様」

「おはようございます…。」

「ユウイちゃん、体調はどうかしら?」

「っだ、だいじょうぶです…!」

「良かったわ。」

母――マリーナはにっこり笑って、席に着く。

「サデス、食事を。」

「畏まりました。」



「今日の世界はどうだった?ソルティ。」

「母様が聞きたいのはウルゥの森の事でしょう?」

ソルティは笑いながら言う。

「主の子は、順調に育っていますよ。少し風邪気味な様ですが…大丈夫でしょう。」

「ソルティが言うなら安心だわ。いつか二人も連れていって上げるからね。」

「楽しみです。ね?ユウイ。」

「はい…っ。た、たのしみ…。」

ハウズールとマリーナは微笑み、食事を再開する。


「ああ…ソルティ、ユウイちゃん。明日の夕方にはキウティが来るからな。」

「キウティに会うのは久しぶりだわ!今から楽しみよ。」

「そうですね。…ユウイ、大丈夫。私とずっと一緒に居ましょう。」

ユウイが不安そうな顔をすると、すかさずソルティは言う。

「そうよ、ユウイちゃん。ソルティが守ってくれるわ。」

マリーナが笑いながら言い、ユウイも頷いた。




「ごちそうさまでした。」

「ごちそうさまでした…っ。」

控えている使用人に言う。


「今日はどうするんだ?」

「私の部屋でユウイの勉強を見た後、魔の森へ行ってきます。」

「二人共、気をつけて行ってくるのよ。」

「はい…っ!」



*



「ではユウイ、次はここをやってみましょう。」

「うんっ。」

「………ああ、この文はここをこちらに…。」

「あっ、そっか。えと…」

「ゆっくりでいいですからね。」

「…うん。…こう?」

「ええ、合ってます。ユウイは頭のいい子ですね。理解が早い。」

「えへへ…。」

ソルティが頭を撫でると、はにかむ。

「ここまでやったらウィーに会いに行きましょう。」

「うん、がんばる!」

ユウイは一生懸命机に向かい、それを見るソルティには微笑みが零れる。


「…、正解ですよ。」

「ほんとう?やったあ!」

「お疲れ様です。全問正解ですよ。良く頑張りましたね。」

「ソルティが教えてくれるから!」

ユウイは笑顔で言う。

「あのね、はやくウィーのところ行こっ。」

「そうですね。ユウイ、着替えて来なさい。」

「はーい!」

元気に返事をして、つい数日前に取り付けた扉からユウイの部屋に行く。


ユウイは基本、人間が苦手だ。物心付く前から人間に虐げられていたのだから当然だろう。

懐くのはソルティと、少しだけマリーナ。

ハウズールの事は優しい人だと思っている様だが、大柄な体躯と実力から、本能的に強い人間だと分かるからだろう。少し怯えている。

使用人に至っては、数人があからさまに獣人を蔑んでいるので全員を怖がっている。


ソルティはそれに満足していたが、同時に考えていた。このままでは不味いと。

――あと数人は、ユウイが懐く人間を作って置いた方がいいですね。


人間ではなく、獣人の友人に着いて行くと言われるのは困る。出来れば同学年で…。

「学園に行きますか…。」


王都立魔術学園は、基本的に金持ちが6才から通う学園だ。平民も居るが、かなり才能があるか頭が良くないと通う事はまず難しい。


ソルティも本来なら学園に居るべき年齢だが、習う事はもうない為行く必要がない。それも学園は寮制だ。

暗殺者を呼び寄せるだろうソルティは、周りの生徒を庇いながら撃退する事が面倒だった。


だがユウイを繋ぎ止める為に必要なら、周りの生徒もその親もどうでもいい。

父に話を通しておこう。



「ソルティ、きがえたー!」

ユウイの服は森で動き回れる様、ズボンだ。

「可愛いですね、良く似合ってます。ユウイ、行きましょうか。」

「うんっ。」

歩いて15分程。木漏れ日が美しく気持ちのいい道だが、たまに魔物も出るのでユウイは警戒している。

「ウィー!」

ユウイは嬉しそうに声を上げ抱きつき、ウィーはグルル、とユウイを受け入れた。

ユウイが獣人だからか、単純にウィーが人間ではないからか、ユウイはウィーに良く懐いている。

……学園にはウィーを連れて行きましょうか。使い魔契約をしておいた方がいいですね。

ソルティは考えながら、ウィーに挨拶をする。ウィーも答え、一行は森の中へ歩き出した。


「ウィー、次はわたしときょうそうねっ!」

「ユウイ、余り遠くへ行ってはいけませんよ。」

「はぁいっいくよウィー!」


ユウイは最近、ウィーとの駆けっこがお気に入りだ。

といっても森を大きく何周もしたりするので、駆けっこと言えるのかは分からないが。


「……っはあ…また負けたー!」

ぐるぅ、と少し誇らし気に唸るウィー。

「惜しかったですね、ユウイ。だけど差は縮まっているじゃないですか。」

慰める様に頭を撫でようとしたら、ユウイは避ける。

ソルティはふっと笑った。最初は何故避けるのかと思ったが、どうやらウィーに勝ってから頭を撫でて貰いたいらしい。

――可愛いですねえ……。


それから果物を取って昼食にし、ユウイの軽い模擬戦の相手をしながら森で過ごした。




*




夜、ソルティの自室。午前0時になる頃、ソルティとユウイの部屋を繋ぐドアから、ユウイが遠慮がちに顔を出す。

「……ソルティ、ねてる…?」

「寝ていませんよ。どうしました?」

「……、」

「おいで、ユウイ。」

ユウイがソルティのベッドに駆け寄る。

「一緒に寝ますか?」

「っうん!」

ベッドに飛び乗る。布団を掛けてやると、もぞもぞとくっついてきた。

「……あのね、キウティさまってどんなひと?」

「そうですね…。正直に言えば、人間至高主義者です。」

ユウイが息を飲む音が聞こえた。

「ユウイには辛く当たるかもしれません…明日から二日。私の側を離れないで下さい。」

「うん……あのね、」

「ユウイは此処に居ていいんですよ。私は居て欲しい。」

ここに居ていいの?

その言葉を、ソルティは言わせずに言い切った。

ユウイはちょっと目を見張った後、嬉しそうに、嬉しそうにはにかむ。

「……ありがとう、ソルティ。」

「本心ですよ。ユウイ、もう寝ましょう。今日は沢山動いたので疲れたでしょう?」

「うんっおやすみなさい。」

「ええ、おやすみなさい。」


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