~一石何鳥ですか~
公爵領から城まで、小竜を飛ばしても4時間程かかる。
ソルティはユウイが眠る部屋を訪れていた。
暫く寝ていなかったのだろう、ソルティが入ってきても身動ぎひとつしない。ソルティは、黙ったままユウイの頬をそっと撫でる。
「…可愛いですね。客観的に見て顔が特別整っている訳でもないのに…。」
若干酷い事を言いながら、愛しげに見つめる。
「可愛いユウイに似合う可愛い服を用意して…、ああ、部屋もいりますね。私の隣にしましょう。」
決定事項だと頭に書き留め、どんな部屋にしようか考える。
「…ふふ。可哀想なユウイ。魔の森なんかに居るから私なんかに見つかる。」
ああ、そういえば何故魔の森に居たかも調べなければ。マーダイル国とは余り近いとは言えませんし…。
「きっと私はもうユウイを手放せないでしょうね。…大丈夫。私がユウイには手を出させませんよ。」
ソルティは自分を理解している。自分の影響力を。
これからも、自分には暗殺者が訪れるだろう。その時自分が可愛がるまだ幼いユウイに、その手が伸びる事は必然だ。
「…観察者もかなりの数が居ますしね。」
自分がユウイを連れ帰った事は、もうすでにそれぞれの権力者に伝わっている頃だ。
「取り敢えず、ユウイに手を出した人間は片っ端から消しますか。」
観察者を殺すことは出来ない。自分を畏れている者達は「監視している」ということで安心しているのだ。それを消せば、一気に恐怖は膨れ上がり馬鹿な行動に出る者は多いだろう。
「…面倒ですね。まあ何度か繰り返せば、馬鹿も居なくなるでしょう。」
根元まで絶ち消せばいいのだ。ユウイを狙えと指示したであろう者達が、次々と不信な死を遂げればさすがに分かるだろう。ソルティは狙われても返り討ちするだけ。だかユウイに手を出せば殺されると。
「ユウイ…。」
長い間ユウイを眺めていると、ノックが聞こえた。サデスだろう。
「どうぞ。」
「失礼致します。お客様のお召し物をもって参りました。」
「ありがとうございます。それから、ユウイは客人ではなくこの屋敷に住む事になりました。他の者にも伝えて下さい。丁重に扱う様にと。」
サデスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷く。
「承知致しました。…ソルティ様。今週末キウティ様が帰宅されるとの事です。先程文が届いたと、奥方様が言っておられました。」
「…そうですか。ありがとうございます。ああ、後部屋の用意をお願いします。私の隣を。少女らしく縫いぐるみやクッションで沢山にしてください。」
「畏まりました。他に何か御用はございますか?」
「明日、仕立て屋を屋敷に呼んで下さい。カタログも幾つか持って来る様にお願いします。…今の所は以上ですね。突然仕事を増やしてしまってすみません。」
「とんでも御座いません。では、長々と失礼致しました。」
サデスは礼を取って部屋を出ていった。
「…さて。調べ物をしなければいけませんね。ユウイ、そのまま城へ行くので、もう暫く寝ていて下さい。」
ユウイに眠りの魔法を更に強く掛け、ソルティは部屋を出ていった。
*
ソルティは隣国マーダイル国に意識を向ける。
――ルカドニア候派閥の中級貴族。
ユウイはどこから連れて来たのか、どう扱ったのか、何故魔の森に転移できたのか。
貴族中心にのみ意識を向けると、伝わって(・・・・)来る。
焦り、怒り、畏れ、恐怖。
――なぜ逃がした。なぜ逃げた。
――獣人の分際で、人間様に逆らいおって。
――どうする?王に、ルカドニア候に何と言う?
――もしあの小娘から情報が漏れれば私は…。
――いや大丈夫だ。転移の先は魔の森。もう死んでいるだろう。
――だがあの森にはソルティ・アーカイルが出行っていると…
――っあの小僧に知られたら…!
――報告するべきか?いや私が消されてしまう…!
焦りばかりで要領を得ない。
周りの人間にも意識を向ける。
――ああ、当主が消されたら俺はどうなるのか。
――今当主を殺れば、ルカドニア候の覚えも目出度くなるかもしれない…!
――あの馬鹿がソルティ・アーカイルに手を出そうとするから…。
――その為の転移陣で獣人如きに逃げられたなんて、いい恥だな。
……私が目的でしたか。
ユウイも恐らく手荒に扱われていたのでしょう。
……殺りますか?
いや、そのお陰でユウイは私の手の中に来たのですから、感謝するべきですね。
とにかく、隣国の処置は陛下と話し合ってからだ。
そう決めたソルティは、次にもうひとつの場所へ意識を向ける。
キウティ――現在、王都立魔術学園に通っている二番目の兄だ。
長男は自分を理解し、程よい距離で接してくれるが、次男であるこのキウティは面倒この上ない。
ソルティの才能を妬み、化け物と呼び、ソルティの本性と魔力を畏れている。
しかしそれを認める事なく、何かと突っ掛かってくるのだ。
ユウイが屋敷に来たから帰ってくる訳ではなさそうだが、確認はしなくては。
キウティは人間がこの世で最も優れていると信じ疑っていない。
獣人であるユウイには辛く当たるだろう……そろそろ兄にも思い知らせなくてはいけませんね。
ソルティは考えながら、キウティを感じる。
帰宅する事への不満、ソルティが屋敷の者から好かれている事への不満、自分の扱いへの不満。
大していつもと変わらない。
まだユウイの事は知らない……。
ソルティはそこまで想って、時間が大分経過している事に気づく。
ユウイの所に居すぎましたね…。皇帝陛下の元へ行かなければ。
ソルティは転移の準備をする。
先に言った、自由に行き来する事が出来る6人。その中のソルティ以外は、大体一回に数十分から一時間ほどの時間を掛けて転移する。
その魔法を、ソルティは3分程で済ませて城へ飛んだ(・・・)。
*
着いた先は諸見の間。その場に父が居ることは確認済みだ。
「! ソルティ…突然現れるんじゃない。」
「すみません、父様。 陛下、無礼を申し訳ありません。」
ソルティは申し訳なさそうな顔をして謝り、周りに居た大臣達も落ち着いた所で話しを切り出す。
「陛下。私に隣国マーダイルの事で用だと伺いました。」
「ああ…今ハウズールから聞いた所だ。獣人を使って来るであろう事もな。」
ソルティは頷き、父に目配せした。
「陛下、その獣人は我がアーカイル家で保護するつもりです。ソルティが居る屋敷の方が安全でしょう。……恐らく、情報も握っている。そうだな?ソルティ。」
「はい。生きていると知られれば、命は狙われるでしょう。」
ハウズールとソルティが言うと、皇帝は頷いた。
「そうか。ならばそれがいいだろう。ソルティ、隣国の軍の動きはどうだい?」
「……まだ兵の徴集もされていません。ただ、獣人をいつから訓練させているのか…。」
「王になる前にルカドニア候と何か取引していたのだろう…。獣人はどうにかして解放・保護しなければな。」
「ええ。戦争に獣人が出てきてはこちらの不利です。何とか今の内に……。」
父が言った所で、ソルティが口を出す。
「では私が潰してきてもいいですか?」
諸見の間に集まった者達は一斉に黙る。
「……どういう事だい?ソルティ。」
「実は保護した獣人の娘――ユウイを気に入ってしまいまして。ユウイも仲間が心配でしょうし、何よりその貴族達が存在している限りユウイは怯えるでしょう。」
私はユウイを安心させたいのです――そう言って微笑んだソルティに、大臣達は顔を蒼く染めた。
何なんだ、この子供は。
皇帝の表情は変わらず、ソルティに聞く。
「……1人でかい?」
「ええ。相手の人数は把握していますし、獣人を抱えているのはルカドニア候派閥ですが所詮は中級貴族。 最悪、兄の手も借りますよ。」
この場合の兄は長男だ。
「……いつまでに出来る?」
「そうですね…。暫くはユウイと居たいので。…1ヵ月以内には。」
それだけあれば、保護先も用意できるだろう。
「……そうか……ならば頼もう。獣人は何人だい?」
「208人です。中でも上級魔術師が88人。彼らの魔力を借りれば、一気に全員サウスロイスまで転移出来ますよ。」
ソルティは飽くまで微笑みながら。
皇帝を始め、その場にいた者達は息を飲んだ。獣人の数にだ。
獣人のみで一個小隊。
脅威である魔術師、それも上級魔術師が88名。
何も気付かず戦争していたら、自分達は負けていたかもしれない。
それほどに強いのだ。獣人は。
「……では一月以内に。何か入り用があれば言ってくれ。ソルティ、頼んだよ。」
皇帝の言葉で締められ、解散となった。
ソルティは転移でさっさと帰ろうとしたが、ハウズールに捕まれ小竜の元へ連れて行かれた。
「たまには父様と一緒に帰ろう。」
「……ええ、父様。」
ふたりで小竜に乗り、走り出す。
「ソルティ、良かったのか?ユウイちゃんを気に入った、なんてあの場て言って。」
諸見の間には国の重鎮達が集まっていた。当然、ソルティにちょこちょこ暗殺者を送る者も何人かあの場に居たのだ。
「直ぐに分かる事ですから。」
「それで、自分はユウイちゃんの為ならぶっ潰しに行くぞと警告した訳か。…怖いなお前。」
ハウズールは苦笑しながら、本題を切り出す。
「…本当に1人で行く気か?どうせイルティを連れてく気なんてないのだろう。」
イルティとは長男だ。現在、魔術騎士団に勤めている。
「そうですね。まあ上の人間を殺し、施設を壊し、獣人連れて転移するだけなので大丈夫でしょう。」
ハウズールは眉を寄せる。
「獣人がソルティを襲って来たらどうする。彼らは強い。」
「父様。心配してくれて有り難うございます。」
ソルティはにっこり笑って、話しを打ち切った。
客観的に見て、例え208人の獣人に襲われ様と自分が負けるとは思えなかった。
過信ではない。事実だ。
ハウズールはまた苦笑し、「一応イルティを呼び寄せておく。」と言った。
帰宅した時には、もうユウイの部屋は用意出来ていた。ユウイの眠りの魔法も切れる頃合いだ。
丁度良かったですね。
ソルティは食事を持ってユウイが眠る部屋に行った。
魔法で食事が冷めない様にしながら暫く待つと、ユウイは目を覚ます。
「……ん、」
「ユウイ。お早うございます。」
「っ!、あ…えと…。」
「よく眠っていましたね。お腹は空いていませんか?」
「すい…た。」
ユウイは呟きながら、目線は食事に釘付けだ。ソルティは微笑んで、食事を渡す。
「何があったかは、覚えていますか?」
「…うん。えっと、ソルティに助けてもらった…。」
「ええ。ここはアーカイル家。落ち着いたら、少し話しをしましょうか。」
先に食事を食べる様に進めると、ユウイは戸惑いながら一口食べ…驚いた様に一瞬止まったあと、掻き込む様に平らげる。
「クスクス。誰も取ったりしませんよ。」
微笑ましくて笑うと、少し顔を赤くしながらゆっくり食べ始めた。
ユウイが食べ終わり、落ち着いた所でソルティは言い出す。
「ユウイ。君の過去を詮索する気はありません。ユウイはアーカイル家が責任を持って保護しますし、好きに生きていい。」
ユウイは戸惑う様にソルティを見上げる。
「ですが―仲間や、友人が居るのでは?ユウイが受けた苦しみを今尚受けている、家族が居るのでは?」
「……っ」
ユウイは目を見張った後、きゅっと強く瞑る。拒絶するかの様に。
反応したのは友人――家族は居ないのかもしれませんね。好都合です。
「私はユウイの悲しい顔を見たくないのです。…ユウイ。ユウイを悲しませる原因を教えて下さい。」
目線がさ迷っている。
「ユウイ…私の事を知っているのでしょう?ソルティ・アーカイル。…出来ない事はありませんよ。」
期待する様に、光を見つけたかの様にソルティを見上げる。
「ユウイが望むなら、どんな事でもしましょう。ユウイの望みは何ですか?」
ユウイは泣き出す。勇気を出す様に、ソルティの服の裾をぎゅっと握りながらポツリポツリと語り出した。
「わ、わたしが生まれたのは、マーダイル国の森の里で…わたしが4さいのとき、国のひとがきて、みんな連れていっちゃったの。」
「お父さんとお母さんは、抵抗して、こ、ころされて、わたしは『しせつ』ってところでまいにち魔物と戦わされて…、」
「反抗したひとは、獣人のなかまにころさせて…みんな、あきらめてて…だけど国のひとたちが使う『転移陣』を見つけたとき、みんながわたしを逃がしてくれたの…っ。」
「わ、わたしだけでも逃げろって。ぜったい後から行くから、先に逃げてろって。」
「だけどみんな、来なくて、魔物におそわれて、もう、だめなのかなって。わたしを逃がしたから、みんなころされちゃったのかなって。」
「なら、わたしもここで死ぬべきだって。思って、たら、ソルティが来たの…」
ユウイは少し黙った後、目に力を入れて言う。
「お、おねがい…ソルティ、みんな、たすけて。なんでもする。わたしにできること、なんでもするっ。みんな、たすけて…っ」
ボロボロと泣きながら。ユウイは言った。
ソルティはそれに微笑み、ユウイの額にキスをする。
「ええ。ユウイが言うなら。」
そのまま泣きながら、ユウイはソルティにしがみついた。
感情が高ぶっていたからか、幼いからかユウイの説明は分かり易いとは言えなかった。
だがユウイが言った事は大体知っていたのだ。里があった所に、貴族が念の為と捜索隊を出していたから。
だからユウイが捕まった経緯も、逃げた経緯も知っている。
だがそれをユウイの口から聞く事が大切だった。自分の為にソルティが動いてくれると、誰も助けてくれなかったのにソルティは助けてくれると思わせる事が重要だった。
「ユウイ、話してくれてありがとうございます。安心していいですよ。ユウイの友人はみんな助けましょう。」
「…みんな、た、すけてくれるの…っ?」
「ええ。ユウイは私の側に居るだけでいい。全て私がやります。」
「…っほんとう?」
「本当ですよ。ユウイは何も心配いりません。安心してこの家に居てください。」
「っわたしも!わたしもみんなを助けに行きたい…!」
「ユウイ…駄目ですよ。ユウイはまだ安息が必要です。疲労したまま行けば、みんなに心配を掛けますよ。」
「…うん。」
「いい子ですね。」
頭を撫でると、はにかむ。 …可愛い。