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~本当に子供ですか~

ソルティ・アーカイル。

彼がこの世に生を受けた瞬間から、彼の名前を知らない者は全世界の上流階級、魔に携わる者には居ないだろう。


彼が産まれた時、空が割れたという。

彼が産まれた時、花木が咲き誇ったという。

彼が産まれた時、魔力の波が世界を巡ったという。


生まれ落ちた瞬間から世界最強の魔術師となった男。




*



「ソルティ、今日の世界はどう?」


アーカイル公爵の領地にある草原。そこに銀髪銀目、顔も綺麗に整った小さな男の子がいた。



「母様。今日は母様が生まれ育った国の森が何だか嬉しそうです。新しい生命が産まれたのかな。」

「まあ!ソルゥの森の事かしら?あの森の主が、子を宿したと聞いているからその事ね!」



「ええ、きっと。だけど隣国は今日もきな臭いですね…。王が変わったばかりだというのに。」

「そう…。父様に言っておくわ。ほら、もう中に入りなさい。朝食の時間よ。」

「はい。朝食が終わったら、また魔の森に行って来ますね。」

「仕様がない子ね。暗くなる前には帰るのよ。」



アーカイル公爵家。大陸屈指の国、サウスロイスの有力貴族だ。


その家に8年前、4人目の子供となる男の子が産まれた。その子が生まれもった魔力は大きく、いや…大きすぎ、乳飲み子の頃は度々魔力の暴走で屋敷を半壊させていた。

時には街にも被害が及んだという。



当主は子と領民を思い、屋敷を領地内の人里離れた所、他国にも畏れられる「魔の森」近くの緑豊かな場所に移した。


ソルティが暴走した時、死なない程度に実力がある者を使用人に付け、子が伸び伸びと育てる環境を作ったのだ。


ソルティは家族に恵まれ、環境に恵まれ、使用人に恵まれた。


そんな中で、早くから魔力の制御を覚え、一を聞いて十を理解する頭の良さから、一流の魔術師でも使えるのは一握りという最上級魔法も、まるで呼吸するように扱えた。


勿論他国は畏れたのだろう。国の軍を上げて攻めても、恐らく彼一人に壊滅される。そしてこう考えるだろう、幼い今ならば――。


ソルティが物心付く前には、すでに命を狙われていた。だがソルティにとって、魔法は呼吸と同じ位身近なものだ。4才になる前程から、例え複数人でも撃退できる様になっていた。



そして8才現在。彼は毎日魔の森に入り浸り、強い物と戦いますます殺しにくい存在になるのだった。



「ご馳走様でした。とっても美味かったです。」

にっこり笑って使用人に礼を言い、席を立つ。


「それじゃあ父様、母様行って来ますね。」

「ああ、ソルティ待ちなさい。」

いつもの様に森へ出掛け様としたら、父様に止められた。


「どうかしましたか?父様。」

「隣国のことだ…。詳しく教えてくれ。軍はもう集められているのか?」

「…いいえ。ルカドニア候を中心とした貴族が新王を唆し、戦争による甘い汁を吸おうとしている様です。他の貴族は反対しているけど、王は乗り気ですね。自分の力を誇示したいのでしょう。集めるとしても三月程後になるでしょうか。」



隣国は王が変わったばかりだ。ルカドニア候はその時を狙ったんだろう。ルカドニア候の事業は今落ち目ですしね。



「そうか…。皇帝に報告する必要があるな。今日は城に行ってくる。」

「わかりましたわ。ソルティも、気をつけて行って来るのよ。」

「はい。行ってきます。」



魔法には、自分の魔力がある所ならその場の事を感じ取れるものがある。


普通は周囲6メートル程が感知できればいい方だが、

ソルティは生まれた瞬間から意識すれば世界の全てを感じ取れるのだ。


だからこそ、8才にしてここまで早熟なのだろうが。




「ウィー、お早うございます。」

魔の森の入口付近。ソルティが来るのを待っていたのだろう、美しい銀を持った大きな狼が身体を起こす。

グルゥ、と喉を鳴らして返事をし、ソルティと共に森の中心部へ向かっていく。



「今日はちょっと試したい魔法があるんです。付き合ってくれますか?」


ソルティはこの森に十二分に実力を見せつけ、もう理性も知性もない魔物か力を過信した魔物しか襲ってこなくなった。



なので最近は大体、ウィーと模擬戦(という名の本気の殺し合い)を中心に自分を鍛えている。


ウィーの了承の返事を貰い、微笑みながら少し空けた場所にでる。



「じゃ、行きますよ。」



始めはいつも通り接近戦。剣を持ち、大人の男程のスピードで切り掛かる。ウィーはそれを技と紙一重で避け、近づいたソルティの首元に爪を立てる。

ソルティもそれを余裕で避け、遠心力を利用して回し蹴り。蹴りを受けたウィーが後ろに飛ぶのを追い掛け、剣で追撃する。

ウィーもそれを避けながら牙で爪で身体で応戦し、暫くたった頃からふたりとも魔法を使い出す。上級、中級、初級、たまに最上級。属性は様々で、ウィーが中級の炎を使えばソルティは初級の水で消す。ソルティが最上級の光と土の混合魔法を使えば、ウィーは上級の風で相殺させる。





数時間戦い続け、昼過ぎになった頃にふたりで獲物を狩り昼食。

また戦いに戻り、日が暮れる前にソルティは帰宅。帰宅してからは勉強。

そんな毎日だった。






*






2週間程たった頃。その日もソルティは朝から魔の森に来ていた。だが今日はなんだか森がおかしい。

魔物が騒がしわけでも、森が騒がしいわけでもない。ただ、何かが違った。ウィーと合流した後、ソルティは魔の森に意識を集中する。

森中の感覚が頭に入ってくる中、理由を見つけた。――女の子だ。それも獣人の。


ソルティは少女の感覚を取らえた時、衝撃が走った。



「ウィー、西に3マイキ程。急いで下さい。」


ソルティはウィーの背に乗り、急いで指示した場所に向かってもらう。


自分より小さい位の獣人の女の子は、戦っていた。自分を食そうとする魔物たちから、ボロボロになって。


獣人は蔑まれる。サウスロイス国はそうでもないが、隣国では特に顕著だ。


本来人より優れる獣人を数で圧倒し、奴隷にすることで虚栄心を満たしているのだろう、とソルティは考える。




恐らく数分も掛からなかった。人間が歩けば数時間かかる距離でも、ウィーが本気を出せばこの程度だ。ソルティはウィーの背に乗っている間、ひとつの魔法を使っていた。



女の子は懸命に剣一本で応戦していたが、数が数だ。押され始めていた。もう集中力は切れかかり、この場で死ぬ覚悟もでき始めていた。その時到着したソルティ達。

ウィーが魔物を威嚇し、ソルティが魔法で魔物を半分程潰した(・・・)。

「…行け。」

ソルティが呟くと、残りの魔物は一斉に逃げ出す。もとより追う気はない。


一瞬だった。誰かがきたと思えば何故か自分が死ぬ気で戦っていた魔物が死に、残りは逃げていく。呆然とそちらを見るが、はっと我に返り剣を持ち直す。



「…大丈夫ですか?」


大きな狼。その上から降りた、まだ自分とそう年の変わらなそうな少年が言う。


「来ないで…っ来たらころす!」


勿論この少年を殺せるとは思っていない。自分は強い部類だと思っていたが、彼は自分の数倍強いだろう。


ソルティは微笑む。少女が殺意を向けながらも、泣きそうな顔を隠している事に気がついているからだった。


「大丈夫ですよ。私は剣を捨てます。…いいですね?君を傷つける気はありません。」


どこまでも優しく言い、剣を離れた所に放った。


「…まほうがつかえるでしょ。あなたがわたしを助けるりゆうはない。」


「そうですね。ですが、私がここを離れたらまた別の魔物が来るでしょう。その状態で戦えますか?」


少女はもう傷だらけだった。今にも気絶しそうだ。


「…あなたはだれ?どうしてこんなところにいるの?」


ソルティに着いて行っていいのか、迷っているのだろう。こんな小さな子供が。


「私の名前はソルティ・アーカイル。この森の近くに、家族で住んで居ます。」


「ソルティ・アーカイル…?」

少女の目が徐々に見開かれる。


「あの、まじゅつしのソルティ・アーカイル?」


「ええ。恐らく君の言っているソルティであっていますよ。」


ソルティは微笑みを絶やさない。


「あ…じゃあ、ここはマーダイルじゃない…?」


マーダイルとは、最近不穏な動きをしている隣国だ。ソルティは眉をしかめそうになったが、少女が不安がると思い堪えた。


「ええ。ここはサウスロイス国。君の名前を教えてくれますか?」


少女は少し迷ったが、素直に言う。

「……ユウイ。」


「ユウイ。まずは治療をしましょう。このままでは危ないですよ。」


ソルティが言うと、ユウイはまた少し迷った後頷いた。


「そちらに行ってもいいですか?」


「………うん。」


ソルティはにっこり笑って、ユウイに治癒魔法を掛ける。


「…すごい、これってじょうきゅうまほう?」

「そうですよ。きっとユウイも直ぐに使える様になります。」

「ほんとう?」

「ええ。たくさん頑張ったら。」


ユウイの傷は酷かったが、ソルティは数秒で治す。


「ユウイ。どうしてこの森に居るのか聞いてもいいですか?以前はマーダイル国にいた様ですが。」

「…………。」


ユウイは何も喋らない。


「まあ、どうでもいい事です。大事なのはこれから。…行く宛てはありますか?」

「…………。」


「じゃあ、うちに来なさい。父様の許可が必要ですが、恐らくいいでしょう。」


ユウイはばっと顔を上げる。

「…なんで?」

目には期待と、疑問と、畏れがあった。


「何ででしょうね?」

ソルティは悪戯っぽく笑うと続ける。


「ユウイに何があったかは聞きません。だけどアーカイル家に居れば、大体の事からは護れますよ。」



ユウイの顔がくしゃっと歪む。そのまま、声も失く泣き始めた。

ソルティは抱きしめ、安心させる様に頭を撫でてやる。


「…大丈夫。もう眠っていいですよ。起きても私は側に居ます。」

ソルティは眠りの魔法を掛ける。

ユウイは一瞬抵抗したが、すぐに力を抜いた。

そして眠りに落ちる。ソルティが至極満足そうに、楽しそうに、嬉しそうに笑った事など気付かずに。




*




「ソルティ様!?そちらの子供は…?」

ユウイをウィーに乗せたまま屋敷に着くと、使用人は大慌てだった。

敬愛してやまないソルティが、泥だらけの小汚い獣人を連れ帰ったからだ。



「この子はユウイ。私の客人ですから、丁寧にお願いしますね。」

ソルティはにっこり笑い、父の所在を尋ねる。


「だ、旦那様は執務室におられますが…。では、その子供は客室に…?」

使用人は少し難色を示す。汚れた獣人を、高貴な方のために美しく整えてある客室に入れたくないのだろう。


「ニール。私の客人だと言いましたよ。」

ソルティが笑顔のまま言うと、使用人――ニールは顔を青ざめる。


「っも、申し訳ありません!直ぐに用意させて頂きます。」


「ありがとうございます。私は父様の所へ行ってきますので、…サデス。ユウイを頼みます。」


ユウイは古くからアーカイル家に勤めているサデスに託す。


「畏まりました。御召し物はどう致しますか?」

「ユウイが気付いたら着替えさせるので、用意を。」

「直ぐに。」

サデスは礼をして、客室に向かう。


ソルティも父の居る執務室へ向かった。


「失礼します。父様。」

「ああ、ソルティ。調度よかった――どうした?何かあったのか?」


父――ハウズール・アーカイルは何かに気付いた様に言う。


「ええ、父様。実はとても大切なものを見つけたのです。」

ソルティの笑顔を見て、ハウズールは目を細める。

「ほう?…それはソルティが連れてきた、獣人の女の子か?」


ソルティがサデスに頼んでいる間に、誰かが報告したのだろう。


「はい。この屋敷に住まわせても構いませんか?」

「…ふ、はははっお前にそんな顔をさせる子だ、いいに決まっている。…だが、ソルティが連れて来たという事は魔の森からだろう。」

「マーダイル国からいつの間にか魔の森に居たそうです。」


「獣人でマーダイル国に魔の森…面倒な事になりそうだな。何があったかは分かっているのか?」

「ええ。助けに行く際、魔力で探ってみたらルカドニア候派閥の貴族が焦って探していましたよ。恐らく……」

「……そういう事か。」



あの幼さであの強さ。ソルティは例外中の例外だか、普通では有り得ない。

元々戦闘に特化した獣人を、更に鍛えていたのだろう。それをしているのが最近きな臭い隣国…戦争に獣人を使おうとしているのは明らかだ。



「…今すぐ皇帝陛下の耳に入れなければ。ソルティも来なさい、この間の事で陛下はお前から直接隣国の話しを聞きたいと文を寄越していたんだ。」

最初に言おうとしていた事はこれだったのか。


「嫌ですよ。ユウイに起きたら側に居ると約束したんです。」


ソルティが間髪入れず断ると、ハウズールはかなり驚いた顔をした後、笑い出す。

「……ははははっ!そうか!それは仕方がないな!だが、陛下の命だ。私が着く頃に転移で来なさい。」

「ええ。そうします。」


転移は最上級に入る魔法で、自由に行き来できる者は世界にも6人。その中にはソルティも入っている。


ハウズールは上機嫌のまま出て行き、ソルティもユウイの居る客室へ向かった。




*




ソルティは冷たい人間だ。8才の子供に何を言うかとも思うが、そうとしか言いようがない。


幼い頃から命を狙われ続け、初めて人を殺したのは生後6ヶ月。記憶にある中では3才と2ヶ月。

大人が何を思っているか、何を考えているか「感じて」しまい、人間の汚さを嫌が負うでも見せつけられる。

自分に対する恐怖、敵意、打算に計算。

人の欲に対する気持ち悪い程の感情。


家族に情らしきものはあるが、他人よりましなだけ。恐らく死んでも悲しまないだろう。そして、それを父も母も兄も姉も分かっている。ソルティはそれも知っている。


他人が自分にどれだけ恐怖を持っているか分かっているから、常に笑う。明るく礼儀正しく振る舞う。

他人に善く思われたいからではない、自分を畏れ排除しようとしてくる者を殺すのが面倒だからだ。


きっと今日、魔の森で死にかけていたのがユウイではなかったら、ソルティは意識に止めなかっただろう。ああ、食われるな、と思うくらいだ。だか襲われていたのはユウイで、魔力を使いユウイを感じた瞬間、『見つけた』そう思った。



これは自分のものだ。自分のものにしなければ。そして自分も、この子のものだ。



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