第9話 広がる疑念
洗礼式から数日。
王都では、一人の少女についての噂が静かに広がり始めていた。
「リリアナ・アルベルトのスキルは【模倣】だったらしい。」
「光魔法じゃなかったのか?」
「では、本当の聖女ではないのでは?」
最初は酒場で交わされる世間話だった。しかし、その話は貴族たちの社交界へ広がり、やがて教会へも届いていく。
「模倣なら、本当の力ではない。」
「たまたま光魔法を再現できただけだ。」
「聖女と呼ぶには相応しくない。」
誰かが口にした憶測は、次の者によって真実のように語られていく。そして、人々は少しずつ忘れ始めていた。リリアナがこれまで何人もの命を救ってきたという事実を。
教会。
神官長は机の上に積まれた報告書へ目を落とし、小さく息をついた。
「……予想以上ですね。」
神官の一人が頭を下げる。
「貴族の方々から問い合わせが相次いでおります。」
「『本当にリリアナ様は聖女なのか』と。」
神官長は静かに答えた。
「光魔法を使える事実は変わりません。」
「ですが……。」
別の神官が言葉を継ぐ。
「第一王女ソフィア様も【光魔法】をお持ちです。しかも王族であり、生まれ持った光魔法。」
部屋に重い沈黙が流れる。やがて、一人の神官が口を開いた。
「……聖女は、一人で十分ではありませんか。」
誰も反論しなかった。その沈黙こそが、答えだった。
その頃、リリアナは今日も教会で治療を続けていた。
「ありがとうございます、リリアナ様。」
「おかげで元気になりました。」
笑顔で帰っていく人々を見送りながら、リリアナも優しく微笑む。
「お大事にしてくださいね。」
誰かを助けられる。そのことが、ただ嬉しかった。だが、治療を終えて廊下を歩いていると、小さな話し声が耳に入る。
「聞いた?」
「あの子、本当は聖女じゃないらしいわ。」
「模倣の力で真似していただけなんですって。」
「なんだか騙された気分ね。」
リリアナの足が止まる。胸が苦しくなる。それでも何も言わず、静かにその場を離れた。
王宮教育の日。
「リリアナ。」
エレノアは妹の表情を見るなり、異変に気付いた。
「最近、元気がないね。」
リリアナは笑顔を作る。
「うん……少し疲れてるだけ。」
その笑顔は、どこか無理をしていた。
(……嘘。)
エレノアには分かった。妹は、一人で苦しみを抱えている。昼休みになると、ソフィアたちが駆け寄ってきた。
「リリアナ!」
「今日は一緒にご飯を食べよう!」
ソフィアはいつも通り笑う。レオナルドも頷いた。
「噂なんて気にしなくていい。」
ルシアンも真っ直ぐに言う。
「僕たちは君が今まで助けてきた人たちを知っている。」
その言葉に、リリアナは少しだけ笑顔を取り戻した。
「……ありがとう。」
一方、王宮では――。
アルドリックは静かに報告書へ目を通していた。
「予想より早く動き始めたな。」
ゼノンが頷く。
「はい。模倣という言葉だけが独り歩きしております。教会も擁護していますが、不信感は日に日に強まっています。」
アルドリックは静かに目を閉じた。
「人は英雄を求める。だが、その英雄が理想と違えば、今度は自ら石を投げる。」
ゼノンは新たな報告書を差し出す。
「こちらはエレノア・アルベルトです。」
【保存】という未知のスキル。魔力量0。
七年間、大きな変化は確認されていない。アルドリックは小さく笑った。
「変化がないことが、一番不自然だ。本当に何もないのなら、未知のスキルなどとは呼ばれまい。引き続き監視を続けろ。」
「はい。」
その夜。アルベルト家。
リリアナは眠りながら、小さく涙を流していた。
「ごめんなさい……。」
「私……。」
「偽物なのかな……。」
寝言のように漏れたその言葉を聞き、エレノアはそっと妹の頭を撫でる。
(違う。)
(リリアナは偽物なんかじゃない。)
(誰よりも努力して、誰よりも人を助けてきた。)
それなのに勝手に聖女と呼び、勝手に期待し。そして今度は、勝手に否定しようとしている。エレノアは静かに拳を握った。
(絶対に守る。)
(今度こそ、大切な人を守り抜く。)
その頃――教会では、密かな会議が開かれていた。
「このままでは教会の威信が失われます。」
「聖女の選定を誤ったと知れ渡れば、信仰にも影響するでしょう。」
重苦しい空気の中、一人の神官が口を開く。
「……責任は、アルベルト家に負っていただくしかありません。」
誰も反対しなかった。
数日後、王宮と教会による合同会議が開かれることが決まる。議題はただ一つ。
『リリアナ・アルベルトの聖女資格について』
この会議が、双子とアルベルト家の運命を大きく変える始まりになることを。




