第5話 聖女と呼ばれた少女
リリアナが光魔法を使った日、王宮の空気は一変した。ただの教育記録だったはずの魔法授業。それは、一人の少女の運命を変える出来事になった。
王宮から教会へ。すぐに報告が届けられた。
『白髪・白眼の少女が光魔法を使用しました。その際、治癒効果を確認しました。』
その報告書を見た神官長は、目を見開いた。
「……光魔法」
現在、使える者が存在しないとされていた魔法。それを二歳の少女が使った。
「聖女……」
誰かが呟く。その言葉は、瞬く間に広がっていった。
数日後。リリアナは教会へ呼ばれた。
「リリアナ・アルベルト」
神官たちが彼女を見る。その視線には、驚きと期待が混ざっていた。
「あなたは、特別な力を持っています。」
幼いリリアナには、その意味が分からない。
「特別……?」
「はい。」
神官は優しく微笑む。
「多くの人を救える力です。」
その言葉を聞いて、リリアナは嬉しそうに笑った。
「誰かを助けられるの?」
「はい。」
「なら、頑張らなきゃ!」
それが、リリアナの本心だった。
その日からリリアナの生活は変わった。王族との教育は今まで通り続けられる。しかし、それ以外の時間は教会での聖女教育が始まった。光魔法の使い方。神聖魔法の歴史。聖女としての礼儀。人々への接し方。二歳の少女には、あまりにも多すぎる内容だった。
「疲れてない?」
帰りの馬車。エレノアが心配そうに尋ねる。
「大丈夫。」
リリアナは笑う。
「だって、私の力で誰かが助かるなら嬉しいもん!」
その笑顔は本物だった。リリアナは優しい子だった。誰かを助けることを嫌だとは思わない。だからこそ、周囲はその優しさに期待した。
最初は少しだけだった。怪我をした騎士の治療。病気になった貴族の治療。教会での祈り。
「もう一度お願いします」
「あと少しだけ」
「聖女様ならできますよね?」
小さな少女へ向けられる期待。断ることを知らないリリアナは、頷き続けた。
エレノアは違和感を覚えていた。
(おかしい)
リリアナはまだ二歳。本来なら、遊んで、眠って、家族と過ごす時間が必要な年齢。なのに―。
「今日も教会?」
エレノアが尋ねる。リリアナは少しだけ困った顔をした。
「うん……。でも、みんな困ってるから、私が頑張らないと。」
その言葉に、エレノアは拳を握った。リリアナは優しい。だから利用される。
前世の記憶があるエレノアには、それが分かっていた。
(このままだと……)
妹が壊れてしまう。
その頃。王宮では、別の報告が届いていた。先々代国王アルドリック。宮廷魔道士ゼノン。二人は静かに報告書を確認していた。
「リリアナは光魔法を使いました。」
ゼノンが告げる。アルドリックは目を閉じた。
「予想通りか。」
「はい。」
ゼノンは続ける。
「しかし、問題があります。」
「何だ?」
「姉エレノア・アルベルトです。」
黒髪・黒目。魔力0と判断された少女。しかし、セレスティアの記録を知る者にとって、その存在は無視できなかった。
「二人とも、監視を続けます。」
アルドリックは静かに頷く。
そして、リリアナの存在は国中へ広がっていった。
『白髪・白眼の少女』
『光魔法を使う奇跡の子』
『新たな聖女』
人々は彼女を称えた。しかしその裏で、一人の少女から少しずつ自由が奪われていった。
夜。アルベルト家。
「おねえちゃん……」
リリアナが小さな声で呼ぶ。
「どうしたの?」
「私……頑張るね。みんなを助けられるように」
エレノアは妹を抱きしめる。
「……無理しないでね」
それだけしか言えなかった。まだ二歳。まだ何も変える力がない。エレノアはそう思っていた。
しかし―。
彼女の中で育っている【保存】の力は、少しずつ未来を変える準備を始めていた。




