第16話 失われた畑
エレノアは村を歩いていた。畑、倉庫、井戸、住居。村人たちの生活を見るためだった。
王都で学んだ知識だけでは、この村を変えることはできない。まずは、この場所で暮らす人たちの声を聞く必要がある。そう考えていた。
「……やっぱり。」
エレノアは村の畑を見ながら呟いた。土を手に取り、じっと観察する。
「土地がかなり弱っています。」
近くにいた農夫が苦笑した。
「やっぱり分かりますか。昔はもっと作物が取れたんですがね。ここ数年で、少しずつ収穫量が減ってしまって……。」
エレノアは畑の奥を見る。
「魔獣の森の影響もあるかもしれません。でも、それだけではありません。土に必要な栄養が足りなくなっています。」
村人たちは驚いた。
「そんなことまで分かるんですか?」
エレノアは少し困ったように笑う。
「勉強しただけです。」
本当は違う。【保存】に蓄えられた知識。それが、エレノアの中には残っている。しかし、今はまだ全てを話すつもりはなかった。
「改善できる方法はあります。でも、すぐに全部を変えることはできません。少しずつ、一緒にやっていきましょう。」
農夫は目を丸くした。追放された貴族の少女。そのはずなのに。この子は自分たちの暮らしを本気で考えている。そう感じた。
「それに……。」
エレノアは村人たちを見る。
「皆さんも、栄養が足りていません。」
村人たちは静かになる。思い当たることがあった。怪我をしているわけではない。大きな病気でもない。
でも、疲れやすい。身体が重い。体調を崩しやすい。そんな人は少なくなかった。
「食べられるものを食べるだけではなく、身体に必要なものを取ることも大切です。」
エレノアが説明していると――。
「私が診ます。」
リリアナが一歩前へ出た。
「今、体調が悪い方はいませんか?」
エレノアは妹を見る。
「リリアナ、無理しないでね。」
以前なら誰かに頼まれれば、断ることはできなかった。眠くても疲れていても。助けを求められれば、応えるしかなかった。でも今は違う。お姉様が、自分を心配してくれている。そして自分も自分の意思で助けたいと思っている。
「大丈夫です。」
リリアナは笑った。
「私がしたいからするの。」
エレノアは優しく頷く。
「……分かった。お願いね。」
「はい!」
リリアナは村人たちの元へ向かった。
「少しだけ手を見せてください。」
小さな手を握る。すると、淡い光が広がった。温かな魔力が身体を包み込む。
「……身体が軽い。」
「痛みが消えた……。」
村人たちは驚いた。けれど、以前のような畏れはなかった。この少女は聖女だから助けているのではない。ただ、自分たちを助けたいと思ってくれている。それが伝わっていた。
その後。
エレノアは村人たちと話し合った。
「まずは、今ある畑を元気にしましょう。いきなり大きく変える必要はありません。できることから少しずつです。」
村人たちは頷く。男性たちは畑仕事や力仕事。女性たちは料理や保存食の管理。子どもたちは無理をしない範囲で、種集めや道具運び。
「一人ひとりに役割があります。」
エレノアは村人たちへ伝える。
「誰か一人だけが頑張る村ではなく。みんなで支え合える村にしましょう。」
村人たちは顔を見合わせる。今までは、人が足りないから無理だと思っていた。でも違う。小さな力でも、集まれば大きな力になる。
夕方。
村には久しぶりに明るい声が響いていた。
「エレノア様。」
一人の村人が頭を下げる。
「ありがとうございます。リリアナ様も、本当にありがとうございます。」
リリアナは少し戸惑った。
以前、聖女と呼ばれていた時とは違う。あの時は期待と責任ばかりだった。けれど今は"ありがとう"その言葉が、ただ嬉しかった。エレノアは妹を見る。
「リリアナ。ありがとう。リリアナが一緒でよかった。」
リリアナは笑う。
「お姉ちゃん一人じゃ無理だよ。」
二人は顔を見合わせる。そして、久しぶりに心から笑った。王都で奪われたものは多かった。
けれどこの村で、二人は少しずつ取り戻していく。
笑うこと。安心すること。誰かを信じること。
セレス村は、ゆっくりと変わり始めていた。




