第6話【UNDERTAKE《アンダーテイク》】
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───────朝。湿った空気と、雨の匂い。木々の葉から、朝露が垂れている。
「……今日も、死ねなかったか」
須弥山 楢歌は、樹海の奥……いつもの岩場から、ゆっくりと身体を起こした。
そこらじゅうの岩には、飛び散った楢歌の血液がベッタリと塗られている。
相も変わらず、剥き出しの筋肉に朝露がまとわりつく。
皮膚の無い身体に冷えが染みる感覚は、何度繰り返しても慣れない。
「……クソ」
木の根元に置いてあるいつもの荷物を手に取る。炎の模様が描かれた黒い覆面と、同じ模様を自ら描いた黒いタキシード。
それらを身に纏い、楢歌は樹海を抜けた。
林を外れれば、毎日見る舗装路。人気のない朝の街。
誰も、皮膚のない男が歩いているとは思っていない。
楢歌の一日は、自殺で始まる。
───────都内の外れ。古い雑居ビルの一室。
カビと、数日放置していたゴミ袋の匂いが立ち込めている。
《特殊清掃・各種後処理承ります》
いつもの事務所。ガチャンと鍵を開け、ドアを押し開ける。
「……ん?」
しかし、違和感。
電気は点いていない。鍵も閉まっていた。だが─────空気が違う。
人の気配。それもつい今しがた入ってきたような、新鮮な気配。
楢歌の超人的な感覚は、周囲にある『魂』の情報も捉えることができる。
「居るな……誰だ」
暗い部屋の中心で、楢歌がそう口にした……その瞬間だった。
───────ガチャッ!!
ノックも、ためらいも無く。事務所のドアが勢いよく開いた。
「えっと……」
短い、女の声。
楢歌の視界に飛び込んできたのは、一人の『少女』だった。
年齢は高校生くらいだろうか。肩まで伸ばされたサラサラの黒髪。少し痩せこけた身体。
白く薄いワンピースを着用している。
そして何より──────目が落ち着いている。
まるで、人の死を体験したような……そんな落ち着き方をしている。
「ここ、ですよね……」
その少女は、楢歌の覆面姿を見ても悲鳴を上げなかった。
初見、驚く様子は見せていたが、逃げる素振りは一切としてなかった。
「───『特殊清掃』の……須弥山さんって」
その呼び方に、楢歌の眉が僅かに動く。
まるで『特殊清掃』以外も取り扱ってることを、分かってるようだった。
「……まだ営業時間前だ。十時以降に出直しな」
楢歌は、事務所の中、歩きながらそう言った。
覆面越しの視線、少女の頭から脚までを品定めするように眺めている。
「さぁ……帰ってくれ」
それだけ言って、楢歌はデスクの横を通り過ぎようとする──────しかし。
「か……帰れませんよ」
少女の声は小さく、か細い。だが、妙に芯があった。
楢歌は歩みを止めて聞き返す。
「帰れないワケでもあるのか」
少女は、一瞬……唇を噛みしめた。そして、息を吸い込み……はっきりと告げる。
「親友が……死んだんです」
事務所の空気……時間が、ぴたりと止まった。
「……死因は、自殺です。
自分の両手首に『シャーペン』を突き刺して、お風呂の中で死んだんです」
少女は続ける。
「自殺に追い込んだ人物はもう、分かってます……高校の教師です。
でも、周りの人間は『あんないい人がそんなこと、するハズが無い』と言って……取り合ってもらえないんです。
私は、その現場を見たのに……!!!」
楢歌は、ゆっくりと振り返った。覆面の奥の視線が、少女を捉える。
「だから……殺してほしいンです」
一切の飾りもない。懇願でも、怒鳴りでもない。
事実を述べるような口調。
楢歌は、数秒黙っていた。やがて、低く問い返す。
「……電話じゃなく、直接来た理由は。
わざわざココに来なくとも、話はできただろ」
少女は、少しだけ視線を伏せた。
「だって……電話越しだと、通話を切られたらそれまでじゃないですか」
正直すぎる答えだった。
「それに─────」
少女は、スクッと顔を上げる。
「ここに来れば、もう戻れないって……分かってましたから」
楢歌は、何も言わない。ただ、デスクの横に置かれたパイプ椅子を引き、腰を下ろした。
楢歌は、少女に興味を持ち始めている。
「……名前は」
少女は、一瞬だけ間を置き、答える。
「私は……『伊座波 冥』と言います」
楢歌は、その名を心の中で反芻することなく、淡々と告げた。
「依頼料は、649万円だ」
冥と名乗る少女……その肩が、僅かに震えた。初めて、事の重大さを知ったようだった。
「……そんなに、ありません」
その言葉は想定通りだった。楢歌は、ため息を一つ吐く。
「なら、この話は──────」
「働きます。ここで」
冥は即答した。事務所に沈黙が落ちる。
楢歌は冥の瞳を見た。死にたくて仕方がない人間の目というものでは無い。
かといって、生きたいとも言っていない目。
瞳だけが、生死の境を彷徨っている。
「……その言葉の意味は、分かってるか」
楢歌の声は低い。
少し、冥に対しての慈悲があるように感じる……そんな口調だった。
「人間の死、醜悪な魂……それらを永遠と突きつけられる場所だ。
正義も、救いも……何度祈ろうが、そんなものはココに無いんだぞ」
冥は、小さく笑った。
「……もう、十分なんですよ」
楢歌は、深く椅子の背にもたれかかる。なにか閃いたようだった。
「……話を聞こう。だが、これは仕事だ 。お前の為の復讐でも、供養の為でもない。
この仕事をして以来、初めて強い魂を見た……だから要望に答えてやる」
「初めて強い魂を見た」……これも事実。しかし、本当に冥を雇おうとしている理由……それは、もしこのまま外へ出してしまえば、この少女も悪しき魂と成り果ててしまうかもしれない。
そう思ったからだ。
楢歌は、デスクの上に無造作に置かれていた、ガラス製の灰皿を、指で弾いた。
カラン……と、乾いた音が事務所に響く。
「最後……一つ質問を聞いてやる。
今のうちだ……地獄から脚を上げるならばな」
冥が、僅かに首を傾げる。
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて、質問を……」
少し、間を置いてから。
「なんで……そんな、中途半端な金額なんですか」
冥の声は、恐る恐るだった。怖いからではない。理解できないからだ。
「649万円…….。
キリのいい数字でもないし……正直、変です」
楢歌は、覆面の奥で「フンッ」と小さく鼻を鳴らした。
「……それが質問か……ヨシ」
椅子に浅く座り直し、天井を仰ぐ。
「理由は三つ」
冥の背筋が、僅かに伸びる。
「一つ。
安すぎると……人の死に本気じゃない依頼が来る。
一時の感情だけで『殺して』なんて言う連中がな」
楢歌の声は、淡々としていた。
「二つ。
あらかじめ値段を決めておかなければ……金で命を量れると勘違いする。
命の重さを……この金額よりも高く見積もり、札束で殴ってくる人間は……信用できない」
冥は、黙って聞いている。
「で、最後だ」
楢歌は、冥を見た。
「649万円……これは、殺した悪しき魂を、地獄へ誘導するための必要な数字。
魂は、和歌山県にある『地獄の釜』へ行き、閻魔の所へ向かうように設定している。
その『地獄の釜』の住所は、『649-3632』……だからこの数字を入れている。
東京や北海道……日本各地に『地獄へ通じる場所』は存在するが、比較的観光客の少ない和歌山県を選んでいるのだ」
楢歌の説明が終わると、事務所にはしばし沈黙が落ちた。
冥は言葉を失ったように、唖然として口を開いている。
楢歌は淡々と続ける。
「……宗教とか、オカルトだと思うなら、今すぐ帰れ。強制はしない」
冥は首を横に振った。
「……いえ」
声は小さい。だが覚悟は漏れ出るように、込められている。
「亡き親友の仇のためなら……」
楢歌は、覆面の奥で冥を見たまま、数秒黙っていた。
そして、静かに告げる。
「そうか、なら覚えておけ」
椅子から立ち上がり、事務所の奥へ一歩踏み出す。
振り返らずに言う。
「俺は、地獄を現世に引きずり出す『化物』であり、『狩人』だということをな」
楢歌は、机の上の書類を一枚取り上げた。 罫線だけが引かれた、何の変哲もない紙。
「それじゃあ……改めて」
紙を冥の前へ差し出す。
「依頼の詳細を聞こう。
教師の名前。学校。何をしたか……全部書け」
冥は、小さく息を吸い、ゆっくりと頷いた。
こうして──────新たな依頼者……いや、共犯者は、楢歌と同時に地獄へ足を踏み入れた。
読んでいただきありがとうございましたー!
絶賛連載中なので、次も読んでくれると嬉しいです!!




