第5話【BACKHANDER 《バック・ハンダー》】
ハブデビ!です!
作品を手に取っていただきありがとうございます!
かなり重々しい作品ですが、気軽に読んでいただけると嬉しいです!
──────夜風が吹き抜ける。秋の乾燥する夜空の下、高層ビルの屋上。
この灰色の空間は昼間の熱を失い、冷え切っている。
剥き出しの筋肉を纏うように、吹き付ける風の冷たさが伝わってくる。
眼下に広がるは東京の摩天楼……無数のビルの窓明かり。
まるで、プレス機で星空を地面に押し潰したかのような光景。
須弥山 楢歌──────『HELL HUNTER』は、その屋上の端に立っている。
炎の模様が描かれた黒い覆面。同じ模様を纏う黒いタキシード。
夜に溶け込むその姿は、影を身に纏った『悪魔』のようである。
「眠らない街とはよく言ったものだ……」
楢歌は、そっと街を見下ろす。
人の営み。人の生活。
楢歌からすれば、『裁かれる側の人間』が、今も眠らずに息をしているように感じる。
これがかつて、自分が守るべきだと信じていた世界。
ふと、脳裏に浮かぶ光景がある。自分が死ぬあの日の法廷だ。
閉廷の木槌。油汗を浮かべ、無理に笑っていた男の顔。
───────あの弁護士……。
被告人の隣に立ち、法を語れば正義を説いた人物。
しかし今は……誰よりも法を売り渡した男である。
(奴も……堕ちたもんだ)
楢歌は、内心吐き捨てる。
あの裁判の日を境に、男は『被告を守る者』ではなくなった。
あろうことか、裁判官に金を渡し、証拠を握り潰し……有罪を無罪へと書き換える者へと成り果ててしまったのだ。。
法廷は裁きの場ではなく、ただの取引所……パチンコ屋の横に建つ換金所のような存在に、成り下がっている。
今宵の依頼、それは─────その弁護士に、死という説教を行うこと。
今もどこかで、彼が無罪にした『無法者』は解き放たれている。
「今から狩りは『開廷』する……。
だが、あの弁護士は……『閉廷』されるがね」
誰に向けるでもなく、楢歌は小さく呟く。
その声は、ビュオオオという強い夜風に掻き消された。
視線を、正面のビルへ移す。それはガラス張りの高層階。
まだ灯りが消えていない一室─────標的は、そこにいる。
楢歌はスゥーッと、ゆっくり息を吸った。
胸の奥、心臓が消えて空洞となった場所が、僅かに軋む。
(仕事だ……)
そう、自分に言い聞かせるように。
正義のためではない。怒りのためでもない。
ただ──────今日も、裁きを下す。
楢歌は一歩……二歩と、後ろへ下がる。
タンタンッとその場で跳ねて、ウォーミングアップを始める。
助走をつける……そして───────次の瞬間。
脚の筋肉が、内側から膨張する。
ボンッとでも音が鳴ったかのような錯覚。
太腿の筋繊維が無理やり引き裂かれ、骨が押し広げられる痛覚が走る。
「いギィ……ッ────」
歯を噛みしめる。痛みに耐える。
能力を使う度に生じる『激痛』は、今でも慣れることはなかった。
だが、使わねばならない。
『筋力強化』─────地獄のダークヒーローとして、地獄から貰い受けた力。
ドンッ!!!───────楢歌は、屋上の床を蹴る。
爆発音に近い轟音。屋上のコンクリートに、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
楢歌は感じる。世界が一瞬遅れ、後ろ後ろへと伸びていく感覚。
東京の夜景が、視界の端で流れて消える。
───────空中。常人がここから落ちれば、確実に死ぬ距離……だが楢歌は、落ちない。
その超人的跳躍力は、まるで空を飛んでるかのようだった。
狙いは正確だった。向かいのビル、高層階の一室─────灯りのついた窓。
弁護士の元へ。
跳びながら視認する。
その弁護士が、高そうな椅子に深く座り、自分の机でファイルを片付けている様子。
今この瞬間も、『地獄の狩人』が向かっていることを……彼はまだ知らない。
何秒滞空しただろう。
三秒か、七秒か……猛スピードで、目的の窓へ向け落ちていく。
ビルへ映る楢歌の影。それは近づくにつれ、だんだんと小さくなっていく。
接近の果て……やがて、衝突する。
────────ガァッシャアアアアアアン!!!
強化ガラスが、バリバリと内側へ弾け飛ぶ。
破片が雨のように室内へ降り注ぎ、床に叩きつけられる。
書類が舞う。机が倒れる。
窓際にあったコート掛けは、中心からへし折れる。
驚き、悲鳴……弁護士の声が、一拍遅れて上がった。
「な、なんだ──────!?」
弁護士は椅子から転げ落ちた後、立ち上がる。
割れた窓。その破片の上に立つ人影……。
弁護士は恐怖する。
楢歌は、弁護士の方へ目をやると、覆面の中で口を開く。
「やぁ──────久しぶりじゃないか……
弁護士の『三瀬川 六文』……」
弁護士の六文……自分の名前を呼ぶその声を聞いて、遅れて理解する。
聞き覚えのあるこの声……死んだはずの、アイツの声。
間違いない、あの夜銃声と共に消えた検察官だと。
「ば、馬鹿な、貴方は……死んだはずですよ……!!」
楢歌は何も答えず、一歩踏み出す。
床に散らばるガラスが、ジャリ……と鳴った。
危機を覚える六文……背を向けて走り出す。
「ひ、ひぃぃぃいいいい─────!!!!」
出口はすぐそこ。木製の扉のドアノブへ、手を伸ばす。
あと二、三メートル……ここを逃れなくてはと、脳は身体を急がせる───────だが。
「─────『吒々』……」
楢歌は、低く呟いた。
瞬間、六文の目の前で『赤い霧』が弾けるように広がった。
その霧……否、『血飛沫』は一点へ収縮を始める。
次々と血飛沫から現れる『肉塊』と『骨』……それらはだんだんと集まる。
目の前で、血と筋繊維が、空中で再構築されている。
気がつけば──────バシャッ……と、音を立て、肉塊たちは楢歌の姿へ『完成』していた。
まるで、六文の行く手を阻むように。
「あぁ……痛い」
弁護士は、腰から崩れ落ちる。
「な、なんなんだ貴方は!!
死んだと思ったら蘇り、蘇ったと思ったら目の前に──────────」
六文が言い終える前に、ブチィ……ッという湿った音が、それを遮った。
楢歌の背中……そして両腕の内側から、シュルシュルとワイヤーのような『黒い縄』が、肉を裂いて噴き出す。
「ウグッ────」
背骨の内側を引き剥がされるような感覚。
神経を直接引き千切られる痛みが、楢歌の全身を駆け巡る。
『黒縄』────等活地獄にて、罪人を縛り上げる地獄の拘束具。
その『黒縄』は、意思を持つかのように蠢き、逃げ場を失った六文の四肢へ、触手か蛇のように絡みついた。
「なっ……!? や、やめ──────」
言葉は途中で潰れた。
『黒縄』はギチッ……と、軋む音を立て、六文の身体は床から持ち上げられる。
首。両腕。胴。脚─────────『黒縄』は過不足なく食い込む。
それはまるで、「ここを絞めあげれば人間を殺せる」と理解しているかのように、的確に、締め上げていく。
「ぐっ……!
く、くるし……ッ……!」
まるで屠殺される前のニワトリのような、絞られる声。
宙に浮かされた六文は、必死に足をばたつかせる。
だが、床には届かない。
「色々と聞きたいことがある……三瀬川 」
楢歌は、更に一歩近づいた。床のガラスが、コリ……と鳴る。
「な、何が目的だ……金か? 女か?
わ、私は何もやっていないぞ……須弥山検事!!」
六文は、必死に声を絞り出す。しかし、楢歌の尋問は続く。
「何もやってないか……その言葉を聞いて、安心したよ──────これで慈悲なく地獄へ送れる」
楢歌は、グアッと六文の顎を広げ、強制的に開口させる。
「ア、アガ」と、恐怖すると六文の『舌』を掴むと─────思いっきり引きちぎった。
ブチぃ!!─────嫌な音と共に、六文の口から『舌』が引き抜かれた。
唾液混じりの血が噴き出す。喉の奥から溢れた赤が、顎を伝い、床へ滴り落ちる。
「へッ───────ッ!? エッッ!!」
悲鳴にならない声。空気だけが漏れ、喉が痙攣する。
舌を失った口は、ただ無様にパクパクと開閉を繰り返していた。
楢歌は、引きちぎった舌を床へ放り捨てる。
ベチャリ……と湿った音。
「安心しろ……すぐに代わりをくれてやる」
そう言って、楢歌は六文の喉元へ指を掛けた。
瞬間──────ゴリッ……と、嫌な感触が、内側から伝わる。
「ぐ……ッ、あぁ……ッ!!」
六文の喉の奥。声帯の裏側、舌の根元に近い場所が、内側から裂けた。
楢歌がいつも感じてる、神経を直接引き剥がされるような痛み。それを六文は味わう。
涙が、意思に反して溢れ出す。
『舌抜』──────大叫喚地獄にて用いられる、虚偽を裁く刑。
「閻魔もこう言ってたなぁ─────『嘘つきは獄卒に舌を抜かれる』……て」
楢歌は低く呟く。
六文の喉から、だんだんと赤黒い肉片がせり上がる。
それは舌だった。だが、人間のものではない。
表面には細かな亀裂。脈打つように蠢き、まるで意思を持っているかのようにウネウネと動く。
「が、ぐ……ッ……!!」
激痛。喉から異物を吐き出す感覚。
閉じようとする六文の口。しかし楢歌は無理やり口を開き──────その舌は、六文の口内へと『移植』された。
「ア……ぁ……が……ッ」
声が、出た。六文の目が、恐怖で見開かれる。
自分の舌が、自らの意思に反して動いていることを、理解したのだ。
「な……なにを……した……」
六文の恐怖で掠れた声。
楢歌は、それを聞いて、静かに頷く。
そして六文の両目を睨みつけ、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと説明する。
「その舌はな───『嘘』を許さない。
三瀬川弁護士……お前の深層心理を、代わりに喋ってくれる『素晴らしいベロ』だ……」
楢歌は、六文を見上げる。
「さぁ、弁護士……尋問を再開しようか」
『黒縄』が、更にギチ……と締まる。
「──────貴様は、いくつの『無罪』を金で買った?」
楢歌の問いに、宙吊りにされた六文の身体がわずかに痙攣した。
「あ、あぁ……」
六文は、必死に口を閉じようとする。歯を噛みしめ、喉を絞める。
だが──────舌は、言うことを聞かなかった。
「───────ち、違う……ッ……!!」
最初の言葉は、抵抗だった。だが、次の瞬間。
「……貴方も……俺と『同じ側』だったはずだ……理解できるだろ!?」
六文自身が、一番驚いた。
その言葉は、心の奥から引きずり出されたものだった。
(や、やめろ……ッ!! 黙れ……黙れェェェ!!)
六文の願いも虚しく、舌は止まらない。
「俺だけじゃない……!!」
六文の目から、涙が溢れ出す。恐怖と後悔と、そして───吐き出したくなかった本音。
声が震えている。
「法曹界は……皆、やってる……!!
金を受け取り……裏で調整して……判決を、量刑を……『都合のいい形』にして……」
『黒縄』が、更にに締まり、喉が潰れそうになる。
だが関係ない。それでも舌はまだ喋る。
六文の顔は、ぐにゃりと歪んでいた。
まるで、自分の臓物を外にぶちまけられているような表情。
「それで……それで社会は……回ってるんだ……!!
綺麗事だけじゃ……法は、動かない……!!
正義だけじゃ……人は、救えない……!!」
喉の奥から、嗚咽が漏れる。
「だから……だから俺は……ッ……皆と同じことをしただけだ……!!」
必死の叫び。自己弁護。正当化……六文は訴える。
「貴方だって……!! 須弥山検事……!!」
涙ぐむ六文の視線が、楢歌を捉える。
「貴方だって……賄賂を……受け取ってたじゃないか……!!」
その言葉が、室内に落ちた。
「金を受け取って……それでも…………!!」
舌が、勝手に続ける。六文の声が、裏返る。
「それが貴方の『正義』だったとでも言うのか……!!
金を貰って……裁く……!! 私と何が違う!!」
───────言葉が、詰まる。六文は、必死に首を振る。
だが、最後の一言は─────どうしても、止められなかった。
「それでも……貴方は私より……マシだと思ってるんだろ……?」
数秒の沈黙。荒らされた部屋のホコリの匂いが、室内に漂う。
六文の呼吸は荒く、喉がヒューヒューと鳴っている。
そんな彼を、楢歌はゆっくりと六文を見上げていた。
覆面の奥。その視線は、怒りでも、動揺でもない。
ただ──────断罪の準備をする裁判官の目。
「─────あぁ、そうさ」
楢歌の声は、低く静かだった。
感情の起伏はない。怒号でも、嘲りにも聞こえない。
楢歌は、ゆっくりと手を伸ばした。
炎の模様が描かれた黒い覆面。その縁に指を掛ける。
六文の瞳が、わずかに見開かれた。
「な、何をする気だ検事……」
───その言葉は、意味を成さなかった。
シュルル……と、顔と布が擦れる音。覆面を自ら外す。
月明かりと、割れた窓から差し込むネオンの光が、それを照らした。
……皮膚が無い顔。
筋繊維が剥き出しになり、血管が浮き、赤黒い肉が脈打っている顔。
人間の構造だけを残した、死体のようで、生きているナニか。
「ヒェッ─────どうしたんだ……その顔は」
六文の喉から、情けない音が漏れた。
彼の恐怖が、理屈を追い越した瞬間だった。
「そう……確かに俺は、金を受け取った」
恐れる六文の顔を見て、楢歌は淡々と続ける。
「否定はしないさ。あの日……貴様の後ろに立っていた『連中』からな」
六文の瞳が、左右へ揺れる。
「だがな─────俺は『無罪』になどしなかったぞ」
その一言は、冷たい刃のように六文へ突き刺さる。
「金を受け取って、無罪にすれば……その瞬間、俺は『悪しき魂』になれた」
楢歌の声は、冷たい。
「だが、そうしなかった。
投獄しなければ、あの後に新たな犠牲者が出ただろう。
現に、連中は有罪にした検察官である、俺を殺したじゃないか。
──────俺の正義は、『勧善懲悪』……そして『犯罪による犠牲』を限りなく最少にすること」
楢歌はドンッと一歩、床を踏む。
「それにな……」
楢歌は、六文の目を覗き込む。
「───────あれはワイロじゃない。
連中が勝手に、俺にくれた『小遣い』だ。」
六文の喉が、ひくりと震える。
「少なくとも、貴様のように法を売らなかったし、正義を捨てなかった」
淡々と、言い切る。
「汚れたままでも、白線は越えなかった」
楢歌は、ゆっくりと背を向ける。もう、六文は楢歌の瞳に入っていない。
「でもお前は違う──────」
楢歌がそう言い放つ、その瞬間……『黒縄』が、意思を持ったかのように蠢いた。
────────ミシミシミシ……ブチュンッ……!!
六文の身体が、宙で大きく引き裂かれる。
叫び声など、発させる暇は与えなかった。
腕、脚、胴……関節ごとに、骨ごとに……裁定通りに分断されていく。
六文の事務所の壁、そこには新たに『血』という赤い壁紙が施されていた。
楢歌は、振り返らない。
覆面を拾い上げ、再び顔を隠す。
血の匂いが充満する部屋を一瞥──────割れている窓の方へ向かった。
夜風が、吹き込む。東京の街は、何事もなかったかのように、光っている。
現在、六文の死を知るものは、楢歌ただ一人。
「これにて閉廷だ」
そう呟き、楢歌の姿は夜の闇へと消えた。
読んでいただきありがとうございましたー!
絶賛連載中なので、次も読んでくれると嬉しいです!!




