第3話【REQUEST《リクエスト》】
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────────落ちる。視界が裏返り、空が足元へと流れていく。
ヒュゴオオオオオ……と風を切る音。それが鼓膜を揺さぶる。
須弥山 楢歌は、何の躊躇もなく崖から身を投げている。
青森県某所……人の寄りつかない、深い樹海の奥の奥。ここは、自殺の名所として知られている。
もっとも─────楢歌にとっては、名所でも地獄でもなく、日課。
身体が加速し、風切り音が耳を裂く。
そして……ふと気がつけば。
────────……ゴシャッ。
鈍く、肉がぶつかる湿った音が、森に吸い込まれた。
骨が砕け、筋肉が裂け……臓器が本来あるべき場所から跳んで外れる。
強烈な衝撃。生前ならば即死している。
だが。楢歌は、死なない……いや、死ねない。
地獄から追放されている楢歌は、死ぬことを許されていない。
「ハァ……。」
出るのはため息だけ。
しかし痛みだけは、はっきりとある……。
岩にぶつかり、砕けた肉塊がぴくりと蠢いた。
あり得ない速度。骨と骨、肉と肉が繋がり、筋繊維が絡み合う。
ものの数秒後。そこには、何事もなかったかのように身体が横たわっていた。
心臓は、鳴らない。それでも意識はある。
目に映る海の光景は鮮明で、感覚も正常だ。
「────今日も俺は死ねない。」
独り言というより、確認だった。
楢歌は、岩の上でゆっくりと起き上がる。
皮膚は無い。剥き出しの筋肉に、朝露がまとわりついた。
何度死のうと、どれほど身体を潰そうと……ダメージは回復しようとも、この失った皮膚だけは決して戻らない。
この『自殺』こそ、楢歌の日課……「夢ならば覚めてくれ」という思いが、この日課へ追い込んでいる。
「……クソが。」
吐き捨てるように呟き、付近の木の根元に置いてあった荷物へ手を伸ばす。
楢歌にとって、その枯れた木は指定席である。
炎の模様が描かれた黒い覆面。同じ模様を自らスプレーで描いた、タキシード。
楢歌は、それらを慣れた手つきで身につけた。
皮膚なき今、この姿が今の自分。
スタスタと歩き続けると樹海を抜け、舗装路へ出る。
朝はまだ早く、人影はほとんど無い。
それでも楢歌は、覆面を外さなかった。
この覆面を外すことは、常人が皮膚を自ら剥ぐに等しい。
────────二年前から現在にかけて。
地獄から現世へと戻されて以来、楢歌は実に1518の悪しき魂を狩ってきた。
人を殺し、欺き……人の皮を被った、現世に紛れ込む存在。
その中には、著名の政治家や活動家だって居た。しかし、楢歌は許すことは無い。
それらを、地獄へ送り返す毎日。
正義のためではない。贖罪のためでもない。
今の彼にとっての『仕事』なのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
現在─────楢歌が構える事務所は、都内の外れにある古い雑居ビルの一室。
最寄り駅からも遠く、車で行ってちょうどいいくらいの、そんな距離感。
ビルに貼り付けられた看板には、こう書かれている。
《特殊清掃・各種後処理承ります》
表向きは、事故物件や孤独死の現場を片付ける『特殊清掃業者』……。
実際、その仕事も請け負っているので嘘では無い。
血の染みた床。腐敗臭の残る部屋……普通の人間が忌避する場所。
楢歌にとって、慣れた光景だった。
事務所の中は、驚くほど簡素だ。
古びたデスクが一つ。その上には安物の低容量パソコン。
パイプ椅子が二脚。壁には、掃除用具が無造作に掛けられている。
───────プルルルルルル!……プルルルルルル!
突然、電話が鳴る。
楢歌は、覆面を外さないまま受話器を取った。
「……はい。特殊清掃の須弥山ですが。」
表向きの声。感情を殺したような口調。
電話の向こうの声は、それとは対照的に、感情のこもった『恐れ』ている声。
『あの……『仕事』の依頼で……。』
『仕事』……この事務所では、その言葉は別のことを意味する。
「……状況を。」
楢歌の声は、淡々としていた。哀れみの感情など乗せる必要はない。
電話口の声は、ひどく掠れている。泣き声と言うよりは、すでに、泣き尽くした後の声。
涙など、とうに枯れている……そんな声。
『……娘が、殺されました。強姦されて……その後に。
酷く暴行を受けて、車のトランクに入れられて……そのまま海へ突き落とされていたんです……。』
一語一句が、重い。だが楢歌は遮らない。
歪んだ正義感ゆえに、静かに受け止める。
「……警察には。」
『勿論、掛け合いましたよ……。』
即答だった。
『でも捕まったのは、二人だけです。』
「では……残りは今も。」
『はい……証拠不十分で不起訴だそうです。
でも、そんな事絶対に有り得ません。
買収したんですよきっと……。』
────短い沈黙。
また涙が込み上げてきたのか、声が膨らむようだった。
電話越しにそれが伝わる。
『……あと五人。写真を見ましたが、アレは半グレです。
地元では、名前を出せば分かる連中で……。』
楢歌は、机の端を指で叩いた。コツ、コツ、と乾いた音。
「じゃあ、ここにかけてきたのは『復讐』の為……ですね。」
『はい……殺してほしい。
……無理でしょうか?』
一瞬、間が空く。
きっと、決断をしているのだろう。一般社会で働く人間が、簡単に殺しなど口にできることではない。
『娘の名誉のため、天国で安らかに眠らせるため。
その五人を─────始末して欲しいんです。』
楢歌は、目を閉じた。頭の奥で、法廷の光景がゆっくりと沈んでいく。
毎回、依頼が来る度に浮かぶのは決まって法廷の景色だった。
『正義』を象徴する法廷を頭の中で、かき消す。
一秒か二秒か。沈黙の後、楢歌は一言。
「……分かりました。」
……それだけだった。
『……え?』
「依頼として、受けます。
しかし『殺し』は前払いです。
後ほど、FAXで送る口座に『649万円』……振り込んでいただきたい。」
649万円……ここでは、決まってその額を振り込んでもらう。
それがこの事務所の『ルール』である。
『大丈夫です……お金はあります。
……ありがとう、ございます。』
礼の言葉は、最後まで聞かなかった。
「詳しい話……名前と、溜まり場だけでも分かれば、教えてください。」
電話口で、女性が息を呑む。
『FAXで……今から、送ります。』
「えぇ……確認します。」
それだけ言って、楢歌は電話を切る。
ツー、ツー……という電子音。受話器を置いた後も、楢歌はしばらくその場を動かなかった。
電気もつけず、暗い事務所の中。ただ呆然と立っている。
(……使いたくは、ねぇな。)
胸の奥が僅かに軋む。楢歌には『心臓』が無い。
しかし代わりに、体内の心臓があるはずの場所……そこにポカリと『穴』が空いている。
この穴を含め、楢歌は閻魔から半ば強制的に『力』を授かっている。
『地獄の洞穴』──────この穴は、その『地獄の力』を行使するのに必要な、いわば能力の源である。
地獄の力は使うたび、楢歌の身体は裂け、神経は悲鳴を上げる。
だが、狩りのため……今宵も地獄を現世に呼び起こす。
読んでいただきありがとうございましたー!
絶賛連載中なので、次も読んでくれると嬉しいです!!




