第2話【HELL《ヘル》】
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やっぱり不遇な主人公はいいですね!(癖)
────────意識が、浮上する感覚。
それはまるで、水面に浮かび上がるような心地のいいものだった。
浮かんで浮かんで……その果て、感覚が止む頃。
最初に感じたのは、『違和感』だった。
肌から伝達されるであろう『暑さ』……『寒さ』……それらが一切として無い。
須弥山 楢歌は、ゆっくりと……その目を開いた。
その光景は、一言で表せる……『絵に書いたような地獄』だった。
燃え盛る炎の壁、冷たくも暑くもない岩の床……見上げれば、永遠と暗く、天井の無い虚空。
「……ハハッ」
楢歌は、乾いた笑みを漏らした。
よく聞く死後の世界。裁きの場であり、永遠の苦しみを味あわせる場所にしては、そのイメージ通りすぎる。
「仏教というのは本当に、地獄の姿を伝えていたのか。」と、感心した。
次に、身体の感覚を確かめる。
腕、脚、胴……問題なく、動く。
だが───────胸の中央に手を当てた瞬間、楢歌の指が止まった。
「……無い。」
『鼓動』が、感じられない。
いくら耳を澄ましても、心臓の音が、どこにも存在しない。
それなのに、意識は明瞭で、思考も、六法全書の一から十までの記憶も、欠けてはいない。
生きていることを知らせる『心音』それだけが、存在しないようだった。
心肺停止……そんな生易しいレベルじゃない。
楢歌の違和感は、確信へと変わっていく。
そして──────ふと、額に走る『風』……。
スゥ……と、何かが抜けていくような感触。
楢歌は、ゆっくりと指を伸ばし、自分の額へ触れた。
……生え際から下までツーッとなぞってみるが、その途中で沈んだ。
「な、なんだこれは……。」
指先に伝わるのは、骨でも、皮膚でもない。
空洞。確かに、そこには─────銃弾が貫いた『穴』が存在していた。
路地裏。冷たい金属。破裂音……断片的に刻む記憶が、脳裏に浮かび上がる。
「あぁ……そうか。」
楢歌は、低く呟いた。
「俺は……殺されたのか。」
言葉にした途端、その事実が、ようやく現実味を帯びてくる。
だが、不思議なことに─────恐怖は、湧かなかった。
あるのは『納得できない』という感情だけ。
法に則り、裁くべき罪人を裁いた……こんな地獄みたいな場所に、何も着ず裸一貫で立たされる筋合いなどない。
答えの出ない問いが、空虚な地獄に虚しく落ちる。
──────そう、やり場のない問いをするその瞬間。
「────そう問うにはまだ早い。」
背後から、声がした。
威圧感……野太く、威厳を感じるその声。
ただ、最初からそこに在ったかのような、自然すぎる声。
楢歌は、ゆっくりと振り返る。
そこにあったのは─────灼熱の炎でも、岩でもない。
五段程の段差。そして、その最上段に据えられた『玉座』……。
玉座に腰掛ける影は巨大。
赤い肌、額に生える二本のツノ……黒い装飾品の着いた豪華な装い。
輪郭が曖昧でそれでも、ひと目で理解できた。
─────人間ではない。
「須弥山 楢歌……。」
その巨大な影が、楢歌の名を呼ぶ。
その声に、感情はなかった。
「元・検察官……『裁く場所』は初めてじゃないだろう?」
淡々と、威圧的な声で話す。
「ようこそ。ここは─────『地獄』だ。」
その言葉を聞いても、須弥山楢歌は跪かなかった。
恐怖に声を詰まらせることもない。
「……地獄、か。」
楢歌は、再びゆっくりと周囲を見回した。
燃え盛る炎。果ての見えない虚空。無機質な岩の床……。
「なんとも……随分と、分かりやすい。」
乾いた笑みを浮かべ、巨大な影へ顔を向ける。
「もっと抽象的な場所かと思っていたが……これはこれで、ほとんど『想像通り』だ。」
玉座の影は、動かない。
「だとするならば、我については知っているな。
我は『閻魔大王』……他にも外来人からは『ミノース』や『ベリアル』……『泰山府君』などと呼ばれるが……『閻魔』で良い。」
閻魔大王は続けて言う。
「貴様は恐れていないようだな。」
「当然だ─────ッ!!」
即答だった。
「俺は日本において、キチンとした基準で罪人を裁いたまでのこと。
……貴様に裁かれるギリが無いぞ閻魔。」
楢歌は一歩、前へ出る。裸の足が、ペチン!!──と岩の床を踏みしめる音が響いた。
「生前、俺は一度たりとも『法を踏み越えた裁き』を行ってなどいない。
証拠に基づき、六法に則り、正当な手続きを踏んできた。
それで地獄に落とされるンなら、この世界は最初から間違っている。」
閻魔は、しばらく沈黙していた……。
やがて、低く高圧的な声で言う。
「ならば問おう……貴様は、『正義』を疑ったことはあるか?」
「無い。」
迷いの無い返答。
「正義は疑うものじゃない。守るものだ。
法は、人間が積み上げてきた『最善の正義』だ。
それを疑って何が『検察官』だ。」
玉座の影────閻魔大王が、わずかに首を傾げた。
須弥山 楢歌は、玉座を睨んだまま、その鋭い視線を逸らさない。
逆に、噛み付くように問いをかける。
「……ならば、こちらからも聞こう。」
低く、噛み殺すような声。
「────なぜ俺が、ここにいる。」
玉座の影は、すぐには答えなかった。
一拍、二拍と置き、やがて閻魔大王は、事務的な口調で告げた。
「理由は、明確だ。」
楢歌の眉が、わずかに動く。
「須弥山 楢歌。貴様が生前、『有罪』とした者。
そして────貴様の手によって、『死刑』となった者。
彼らの魂がな、揃ってこう願い出ている。
────『須弥山 楢歌を、無間地獄へ落とせ』……と。」
一瞬、楢歌の思考が止まった。しかし、瞬時に吐き捨てる。
「ほざけ……。」
楢歌は、さらに前へ前へと踏み出す。
「俺は正義を執行した……それだけの事だろ!」
「……彼らは貴様を恨んでいる。」
閻魔は、否定も肯定もしない。事務的に続ける。
「人生を終わらせられた。名誉を奪われた。家族を引き裂かれた……。
意見は腐るほど出ている。」
「……自業自得だ。」
楢歌は言い切る。
「罪を犯した結果だ。法の裁きを受けただけだ。
それとも何だ……俺に全ての罪を見通せる力があるとでも言うのか?」
閻魔は首を振った。
「一人や二人なら、そう言えただろう。
だが────その声は一万を超えている。」
楢歌は困惑した。
「……は?」
淡々と閻魔は話す。
「貴様が有罪とし、人生を終わらせた魂のうち……相当数が、貴様の名を挙げている。
『自分は裁かれるべきではなかった』……『須弥山 楢歌こそ、裁かれるべきだ』……とな。」
「……冤罪だと言うのか……閻魔!!!」
閻魔は楢歌の声を遮るように続ける。
「なにせ、その中には─────────無罪だった者も、含まれている。」
楢歌の拳が、ギュッ……と音を立てて握られた。
「そ……それでも、法は法だ。
俺は、与えられた情報の中で最善を尽くしたまでだ。
全てを救えないことは、分かっている……全ては救えない。
────それが、検察官という仕事だ。」
そう絞り出すように言う楢歌へ、閻魔は静かに告げる。
「……貴様は、彼らにとっての『地獄』だった。
正義を名乗るはいいが、法を盾に、逃げ場を与えなかっただろう……貴様は生前から、我と同じなのだ。」
楢歌は、親の仇かのように閻魔を睨む。
「……それで?
俺を、無間地獄とやらへ落とすつもりか。」
「本来ならな」……と、閻魔は頷く。
「地獄が民主主義ならば、すでに決まっている。
貴様は、無間地獄行きだ。」
「……なら、なおさらだ」
楢歌は、笑った。
「俺は何も間違っていない。
罪人が何を叫ぼうと、法の下の正義は変わらない。
落とすなら落とせ。それでこの世界が正しいと言えるならな。」
10秒────その沈黙の後……閻魔は言った。
「多数決で決まるほど地獄は容易く無い……だから条件を出すのだ。
12000の『悪しき魂』を狩れ。達成すれば、生前の姿で……元の時間軸で現世へ戻す。
正義を名乗る貴様ならば、狩ることへの抵抗は無いはずだ。
見守ろう……拒否すれば無論、無間地獄だ。」
楢歌は、迷わなかった。
「いいだろう。俺が正しいと証明してやる……閻魔。」
そう言い放つ次の瞬間。足元の感覚が、消えた。世界が、裏返るような、脚が上に真っ逆さまになるような……。
────────暗転……渦の中に身体が吸い込まれるような、そんな感覚。
……冷たい。その次に感じたのは、土の匂いだった。
湿った空気……線香の残り香。楢歌は、ゆっくりと目を開く。
視界に映ったのは────自分の名前が刻まれた、墓石だった。
縦文字で刻まれる『須弥山 楢歌』……紛れもない自分の名前。
「────……は?」
声を出そうとして、喉がひどく乾いていることに気づく。
身体を起こそうとすれば、違和感が走った。
妙に、軽い。いや────正確には、『皮膚』の柔らかい感覚が無い。
楢歌は、恐る恐る、自分の腕へ視線を落とした。
「……ヒェッ!!」
そこにあったのは、いつも見る柔肌ではなかった。
赤黒い筋繊維に、隆起した筋肉。
血管がむき出しになった、肉の腕。
冷たい月明かりに照らされて、それは不気味なほどはっきりと見えていた。
楢歌は思わず、息を呑む。
胸、腹、脚……視線を動かすたび、同じ光景が続く。
皮膚が無い。人間の形はしている。
それはまるで『人体模型』のようである。
───────筋肉が、丸出しだった。
以前のように、容姿端麗、エリート検察官の姿はどこにもなかった。
「……ふざッッッけるな……!!!!」
震える声で、呟く。
自分の身体だと、理解は出来る。
だが、納得は出来ない。
恐怖よりも先に、強烈な嫌悪感が込み上げる。
それでも───────痛みは、無い。
皮膚が剥がされているというのに、焼けるような痛みも、裂けるような苦痛も、感じない。
代わりに、見られてはいけないものを晒しているという感覚だけが、神経を直接撫で回してくる。
胸に手を当ててもやはり、心臓の鼓動は無かった。
「……これが条件、か。」
地獄での言葉が、脳裏をよぎる───────生前の姿で、現世へ戻す。
『生前の姿』とは、外見だけの話ではなかったのだと、この身体が雄弁に物語っていた。
楢歌は、自分の墓前に裸のまま、伏している。
人間でありながら、もはや人間ではない姿で。
そして──────胸の奥には、心臓の代わりにぽっかりと空いた、何かがあることを……この時の彼は知らない。
冷たい夜風が、剥き出しの筋肉を撫でていった。
読んでいただきありがとうございましたー!
絶賛連載中なので、次も読んでくれると嬉しいです!!




