第四章:紅蓮都市と、赤の神殿
カイルは肩にかけた使い古しの皮のカバンを軽く叩いた。焦げ茶色のそれは、旅の汚れに染まってなお艶やかで、ところどころに自分で縫った補修の痕がある。
「さて、やっと着いたな……“炎朱の街”!」
そう声を上げたものの、しばらくして彼は立て看板に目を留めた。
《ようこそ、紅蓮都市エンシュへ ——国炎朱・首都にして、赤き誓いの都市》
「……あ、街じゃなかったんだ。国かここ。そりゃ規模も人種も桁違いなわけだ……!」
見渡す限り、赤、橙、琥珀、そして混ざり合った色彩の民族衣装があふれ、言葉も肌の色も違う人々が祭りの熱気のなかにいた。
リセリアは出迎えの一団に駆け寄ると、振り返りもせずに手を振った。
「私は少し、王家の方と……。あなたは好きにしてていいわ。配達、忘れないでね?」
「お、おう……」
そのまま彼女は人波の向こうに消えた。
カイルは口を半開きにしたまま、荷物を抱え直す。
「……忘れないでって、何を届けるんだっけ?」
思い出せないわけではない。でもそれより先に、色と音と匂いが彼の全神経を刺激していた。
中でも目を奪われたのは、琥珀色の踊り子たちだった。
彼らこそが、ドワーフの祖とされるソルナ族。
——とはいえ、いわゆる“ドワーフ”のイメージとはかけ離れていた。
背は確かに低い。だが、身体はしなやかに引き締まっており、舞うような足運びで宙を跳ぶ様子は圧巻だった。
顔立ちは端整で、エルフに次いで美しいと評されるのも納得だった。少し釣り目で、彫りの深い黄金色の瞳が、踊りのたびに宝石のように輝いた。
「うわ……すげぇ……。俺、この祭り一生見てられるわ……!」
カイルの頭から、「荷物」「配達」「任務」などという単語はすべて吹き飛んでいた。
祭りの熱狂に吸い込まれ、彼は皮のカバンを片手に、色の世界へと溶け込んでいく。
———
数日後。
紅蓮都市の最奥、誰も近づかぬ封印の神殿の奥。
炎朱王族のみが知るその場所で、ひとつの“搬入”が粛々と行われていた。
カイルの皮のカバンが、宰相の手により神殿の中央にそっと置かれる。
その中心には、深紅に輝く巨大な封印石が眠っていた。
封印はまだ保たれている。
——だが。
神殿に差し込む赤光に照らされて、一瞬だけ石の表面に黒い亀裂のようなものが走ったように見えたのは、気のせいだったのだろうか。