第三章:赫焔の式と紅蓮の都・炎朱
灼けつくような熱が、洞窟の空気を震わせた。
咆哮と共に姿を現したのは、灰にまみれた四脚の魔獣──灰獣。
その巨体はライオンにも似ていたが、皮膚は爛れたようにひび割れ、筋肉の下で蠢くような黒い脈動が透けて見える。
口を開けると、灰を撒き散らすように熱風を吐き、岩壁を焦がした。
「っ、来るよ!」
リセリアが炎の剣を構え、カイルの前に立つ。
灰獣は瞬間、地を蹴って突進。
その重量に見合わぬ速度でリセリアに飛びかかる。
──だが、リセリアの姿が掻き消えた。
光条が瞬き、灰獣の脇腹を斬り裂く閃光。
切っ先が通った軌跡に、紅蓮の炎が残る。
「……赫式の発動による運動強化。視認が、できない……!」
思わずカイルの口から漏れたのは、色オタクとしての分析だった。
この深紅──ただの赤じゃない。
ルビーのような艶、でももっと透明感がある。
この発光の加減、角度で変わる赤の階調……冗談抜きで色の結晶だ。
「はっ!」
リセリアの剣が、炎を噴き出して唸る。
振り抜かれた刃が、灰獣の前足を切り裂き、血と共に灼熱の火花を散らす。
灰獣が咆哮を上げて振り向いた。
その顎が、リセリアの頭上を狙う──が、遅い。
「もう、遅いよ」
背の炎が羽ばたくように広がり、宙を裂く。
次の瞬間、リセリアは上空へと飛翔していた。
重力を無視したような滑空から、一気に急降下。
「《赫閃・双裂陣》!」
その言葉と共に、空間が真っ二つに割れるかのような衝撃。
双剣のような炎の軌道が、灰獣の両肩を切り裂いた。
リセリアの第一覚醒──赫焔の式(赫式)は、剣に宿る炎だけでなく、戦術と機動力すらも一変させていた。
傷口から爆ぜる炎に、灰獣がのたうちまわる。
「こっちは“灰”を喰って強化されてるみたいだけど……それでも!」
リセリアの紅い瞳が、敵を真正面から見据える。
「私は、止まらない!」
剣に込められた炎が、風を震わせ、灰を焼き払うように唸る。
刹那、リセリアの動きが変わった。 舞うように地を蹴り、跳躍。
剣を横薙ぎに振る。 その一撃が、灰獣の首元を正確に捉えた。
紅蓮の剣が、鋼鉄の如き皮膚を貫き、骨を断ち、灼き尽くす。
咆哮が途切れた。
その巨体が、地に崩れ落ちる。 黒く濁った血が広がり、やがて炎に包まれて灰となる。
「終わった......のか?」
カイルが呟く。 リセリアは剣を下ろし、振り返る。 燃えるような髪の毛先が、静かに揺れていた。
「うん。もう、大丈夫」
そう言って、彼女は微笑んだ。 その姿は、まるで炎の女神だった。
......そして、数日後。
カイルとリセリアは、ついに「炎朱」の街へと辿り着く。
高台の峠を越えた先に、赤い街が広がっていた。 赤煉瓦の屋根、火山岩を積んだ塀、そして空に映える朱の塔。
遠くからでも見える巨大な城壁は、燃えるような朱色で塗られ、まさに火の国と呼ぶにふさわしい風景だった。
リセリアが微笑む。
「......ようこそ、カイル。ここが、私たちの街――炎朱だよ」
その言葉を胸に、カイルの胸中にまた新たな色が芽生えていた。 それは、誰にも属さない彼が、初めて『色の居場所』を見つけた瞬間だった。