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第一話 彩られぬ者

【プロローグ:彩られぬ者】


 色。それはこの世界の理であり、祝福であり、呪いでもある。


 空は青く、森は緑に染まり、大地は琥珀に煌めき、そして人もまた、色を宿して生まれてくる。

 赤の血脈には熱き炎、緑の一族には癒しの力。空を舞う青には水の導き、黄金に輝く民には光の加護。

 紫の神託、藍の叡智、そして……


 色を持たぬ者には、ただの肉体強化だけが与えられる。


 ──というのが、まあ一般的なこの世界の常識である。


「……んーっ、よし。今日もいい発色だ」


 小さな木箱をそっと開き、磨き上げた宝石がきらりと光を跳ね返した。

 光源は窓際から差し込む琥珀の陽。職人たちが行き交う工房の片隅で、カイルは今日もご満悦である。


「おいカイル! そっちのスピネルの台座、まだかぁ?」


「仕上げてます、仕上げてますともドランさん!」


 振り返ると、丸太のような腕を組んだドワーフの親方が睨んでいた。

 顔中に刻まれた皺と、豊かすぎる髭が揺れる。


「仕上げてるってお前なぁ、色を愛でるような目で仕事すんじゃねぇ! これは武具の装飾だぞ! 飾りじゃねえ、戦場に出すんだ!」


「ドランさん……美しいものは、戦場をも彩るのです」


「またそれだ! お前は“装飾係”だっつってんのに、“色彩騎士”かなんかのつもりか!?」


「いえ、“色彩司祭”です」


「そっちの方が厄介だろうが!」


 がつんと背後の棚を叩かれ、カイルはひょいと道具箱を抱えて逃げ出す。


(ったく、今日も平和だなテル・クレスト)


 ここは琥珀属性の民が営む第二都市、テル・クレスト。

 装飾と鍛冶の街、ドワーフの誇り高き拠点であり、カイルが十年以上暮らしてきた故郷でもある。


 本来なら色を持たぬ者は、どこか陰に追いやられがちだ。だがこの街に限って言えば、話は別だった。


「親方ァ! カイルがまた“スピネルに魂を感じます”って語り始めましたー!」

「またか!? 魂は感じてもいいが、納期も感じろ!」


 いつもの工房のざわめきに紛れ、彼はにやけ顔で装飾台に向かう。

 今日の石は深紅のスピネル。その微妙な濃淡、内包物の揺らぎ──たまらん。


 色を愛でる心は誰にも負けない。

 色を持たぬこの身にこそ、色の美しさは沁みるのだ。


(……うん、やっぱり、この世で一番美しいのは“色”だ)


 そんな彼にも、色は宿っていない。

 いや、生まれつき「色を持たぬ」無属性の人間である。

 魔法も特殊な加護もなく、あるのは身体能力の向上のみ。痛みには強く、足は少し速く、重い物は持てる。


 ──でも、それだけだ。


 それでもドワーフの養父母は、カイルを分け隔てなく育ててくれた。


 鍛冶師の父、グラン・ハンマードワーフは無骨で、口数少なく、でも毎朝カイルの食器にだけ小さな彫り物を入れてくれた。

 装飾師の母、レリナは絢爛な意匠が得意で、「この子はきっと色を語る仕事に就く」と勝手に道を決めていた。


(いや……ほぼ間違ってないんだけどね?)


 彼らの元で育ち、色彩と装飾に囲まれた環境は、自然とカイルを“色オタク”へと導いた。

 自宅の一室は宝石見本帳と天然石の山。休憩中の読書は『世界七彩図鑑』、就寝前には『属性配色大全』を読み返すのが日課だ。


 だが、そんな日常にも終わりが来る。いや、正確には、“はじまり”の前兆だったのかもしれない。


 その日は、いつもと変わらぬ朝だった。


「カイル、配送の荷物、あんた行ってきな」


 母代わりのレリナが言った。工房の装飾品を、遠方の都市・炎朱えんしゅに届ける仕事だ。

 ドワーフの間では距離的にも危険度的にもやや“当たり”の部類。が、本人は超ノリ気だった。


「了解! 旅路は色彩調査の大チャンスです!」


「お土産は石じゃなくて布とかにしなさいよ」


 レリナの釘刺しも空しく、カイルは意気揚々と旅立った。

 新たな色に出会えるかもしれない。

 まだ見ぬ、未登録の石材や染料。あるいは……


(この目で、“未知の色”に出会えるかもしれない)


 その期待だけが彼を突き動かしていた。


 ……だが、数日後。


 山間の獣道で、突然の黒雲と耳鳴りに襲われた。


「う……ぅ……? ……なんだ……これ……」


 視界が、色を失っていく。


 琥珀の陽が消え、空も草も、自分の肌さえも──全てが“灰色”に飲まれていった。


 そこに立っていたのは、


 人のようで、人ではない。

 皮膚の質感が妙に乾いていて、目は焦点が合っていなかった。


 けれど確かに、口元はこう動いた。


「──実験体、無属性、確保」


 次の瞬間、彼の意識は、闇に沈んだ。


 だが、それはただの気絶ではなかった。


 彼の中で何かが──微かに、目覚めかけていた。


 まだ名のつかぬ、未知の色。

 いや、


 きっと、それは……忘れられた色。


 この世界が、あまりにも都合よく“無かったこと”にしてきた、そんな色だったのかもしれない。


 それを背負う者の名は、まだ語られない。


 だが、彼はすでに歩みはじめていた。

 色に満ちたこの世界の、最も色の深い部分へと──。

夢で見た物語を書いてみようと思い始めてみました

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