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第8話:魔法インクの証言

カイン卿の特務調査室は、私の新たな「執務室」兼「捜査本部」となった。

机の上に広げられた、姉リリアーナの事件唯一の物証である「手紙」。それは、一見するとただの古びた羊皮紙にしか見えなかった。


「まずは物理的な分析から始めますわ」

私は前世の捜査を思い出しながら、カイン卿が用意した拡大鏡を手に取った。紙の繊維の種類、裁断面の癖、そして光に透かして隠された文字や紋様がないか、地道に調べていく。検事時代、こうして物的証拠と何時間もにらめっこしたことは数えきれない。


だが、数十分後、私は小さくため息をついた。

「……これだけでは、ただの王国内で広く流通している羊皮紙、としか言えませんわね」


黙って私の作業を見ていたカイン卿が、そこで初めて口を開いた。

「令嬢。あなたのそのやり方は非常に興味深いが、少し視点を変えてみてはどうです?」

彼はそう言うと、手紙の上にそっと手をかざした。すると、彼の指先が、ごく微かに燐光のような淡い光を放った。


「やはりな。微弱だが、魔力の残滓がある。これはただの手紙じゃない」


私は驚いて彼を見た。

「アシュベリー卿、あなた、魔力が視えるのですか?」


「騎士団の特務調査室長を舐めないでいただきたい」

カイン卿は、少しだけ得意げに口の端を上げた。「この程度の魔力探知は、スパイや呪詛を見抜くための基本技能ですよ。あなたには見えないかもしれませんが、このインクの染みには、不自然な魔力の揺らぎが残っている」


(そうか、これがこの世界の捜査……!)

私は、自分の知識だけでは限界があることを痛感すると同時に、新たな可能性に胸が高鳴るのを感じた。


「専門家の意見が必要ですわね。宮廷で最も腕の立つ魔術師は誰ですの?」

「それなら一人、適任がいます。気難しくて偏屈ですが、腕だけは超一流の男が」


カイン卿の案内で訪れたのは、城の最上階にある「宮廷魔術師長」の工房だった。様々な鉱石や薬品の匂いが混じり合う部屋の主、魔術師長ダリウスは、私たちの訪問をあからさまに嫌な顔で迎えた。


「騎士団の犬と、今をときめく公爵令嬢か。儂は子供の喧嘩の後始末に付き合うほど暇ではないのだが」

「国王陛下の勅命です、ダリウス卿」

私がその一言を告げると、彼は大きくため息をつき、渋々といった体で手紙を受け取った。


だが、鑑定用のモノクルを目にした瞬間、彼の表情が変わる。

「……ほう。これは面白い」

彼は様々な色の光を放つ水晶を手紙にかざし、何やら呪文を呟き始めた。やがて、彼はモノクルを外すと、私たちに向き直った。


「結論から言おう。この手紙には、二重の巧妙な魔法がかかっている」

ダリウス卿は、指でインクの染みをなぞる。

「一つは『忘却のインク』。書かれてから約一月が経過すると、文字そのものが魔力と共に霧散する。今、ここに文字が残っていないのはそのためだ」


忘却のインク。つまり、犯人は計画的に、物的証拠が自然消滅するように仕組んでいたのだ。


「そしてもう一つが、さらに厄介だ」とダリウス卿は続けた。

「『読者限定の幻惑魔法』だ。特定の魔力パターンを持つ者にしか、書かれた文字が認識できないようにする、高度な幻術。おそらく、手紙の宛先とされた隣国の王子の魔力に合わせて調整されていたのだろう」


私は衝撃を受けた。

「つまり、この手紙は、最初から隣国の王子にしか読めないように作られ、かつ、事が露見する頃には証拠が綺麗に消え失せるように、完璧に計算されていた……?」

なんと、計画的で悪質な犯行だろうか。同時に、犯人が高度な魔法知識を持つ、宮廷内部の人間である可能性が極めて高くなった。


「物的証拠からのアプローチは、一旦ここまでですね」

私はダリウス卿に礼を述べ、工房を後にした。「やはり、人的証拠を当たるしかありません」


特務調査室に戻るなり、私はカイン卿に尋ねた。

「元侍女長――姉に不利な証言をしたアンナ・メッサーの居場所は掴めていますの?」


「ええ」

カイン卿は、壁の地図の一点を指差した。「王都の郊外にある下町で、今は針子として、ひっそりと暮らしているようです。しかし……」

彼は、そこで言葉を切った。


「しかし、何ですの?」


カイン卿の目が、鋭い光を宿す。

「彼女の家の周囲には、常に監視の目がついています。それも、素人ではない。おそらく、ただの隠居生活を許されているわけではないようですな」


元侍女長は、今も黒幕の監視下に置かれている。

会いに行けば、私たちにも危険が及ぶかもしれない。

だが、彼女こそが、この凍てついた事件を溶かす、唯一の鍵なのだ。

私の決意は、揺らがなかった。

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