第70話:そして、愛の盟約を
黄金の光が、ゆっくりと、私の中から、そして、世界から、引いていく。
始祖の祭壇には、再び、穏やかな静寂が戻ってきた。だが、それは、ヴァレリウスの笛が奏でた、あの死んだような沈黙ではない。風の音、木々のざわめき、そして、遠くに聞こえる、鳥たちの歌声。世界が、再び、その生命の息吹を取り戻した、温かい静寂だった。
祭壇の中央には、その魔力も、野心も、全てを失い、抜け殻のようになった、元ヴァレリウス公爵が、ただ、呆然と座り込んでいる。
国王陛下が、彼に、最後の裁定を下した。
「そなたの罪は、もはや、人の法で裁ける領域を超えた。ゆえに、そなたは、この聖地にて、生涯、自らが犯した罪と、向き合い続けるがよい」
それは、死よりも、ある意味で、重い罰だったのかもしれない。
***
それから、数ヶ月。
王国は、新しい時代を迎えていた。
私が提唱した「新しい盟約」は、国王陛下の全面的な支持の元、王国の新しい基本法として、制定された。それは、人間と精霊が、互いを尊重し、共に、この大地からの恩恵を受け取ることを定めた、画期的な法律だった。
法務大臣としての私の仕事は、その新しい法体系を、国中に浸透させることで、以前にも増して、忙しいものとなっていた。
だが、私の心は、かつてないほど、穏やかだった。
その夜、私は、王城の、一番好きな庭園にいた。
全ての戦いが終わってから、カインと二人で、ここで、静かな時間を過ごすのが、私の、何よりの楽しみになっていた。
「……落ち着きましたか、この国も」
隣に立つカインが、月明かりに照らされた、平和な王都の景色を見下ろしながら、言った。
彼の身体は、ユリウスの薬師と、そして、蘇った精霊たちの癒しの力のおかげで、もう、すっかり、回復していた。
「ええ。でも、ここからが、始まりですわ」
私は、彼に、微笑みかけた。「新しい法を作り、それを、人々の心に、根付かせていく。とても、気の遠くなるような、仕事です」
「知っています」
彼は、私の言葉に、静かに頷いた。「だから、俺がいる」
彼は、私に向き直ると、その赤い瞳で、私のことを、真っ直ぐに見つめた。
その、あまりにも真剣な眼差しに、私の心臓が、大きく、跳ねる。
「ルクレツィア」
彼が、私の名を呼んだ。
「俺は、あなたが、法務大臣だから、お守りしているわけではない。あなたが、“鍵”だから、そばにいるわけでもない」
「俺は……」
彼は、一度、言葉を切ると、意を決したように、続けた。
「俺は、ただ、あなたという、一人の女性を、愛している。それだけだ。ずっと、ずっと、お慕いしておりました」
それは、私が、ずっと、聞きたかった言葉。
そして、私が、ずっと、伝えたかった、言葉でもあった。
私の瞳から、涙が、一筋、こぼれ落ちる。それは、幸せの、温かい涙だった。
「……知っていますわ」
私は、一歩、彼に近づくと、その逞しい胸に、顔をうずめた。「私も、ずっと、あなただけを、見ていましたから」
「愛していますわ、カイン。私の、ただ一人の、騎士様」
顔を上げた私に、彼の顔が、ゆっくりと、近づいてくる。
そして、私たちの唇は、月の光の下で、静かに、優しく、重なった。
それは、全ての戦いを乗り越え、ようやくたどり着いた、甘く、そして、永遠を誓う、口づけだった。
――元検事の悪役令嬢は、理不尽な運命に、法と、知性で、立ち向かった。
そして、彼女は、世界の理を、自らの手で、書き換えた。
ただ、愛する人々と、そして、たった一人の愛する人と、共に、生きていくために。
彼女の、本当の物語は、きっと、ここから、始まるのだろう。
温かい、光に満ちた、新しい世界の、朝の中で。
第2部も最終話となります。続きに関しては構想はありますので、皆さんの評価などを参考に書いていくかは考えていきたいと思います!面白いと思っていただけたらぜひブックマークと評価をお願いいたします!励みになります!




