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第69話:最後の弁論と世界の審判

私が提示した、セレーネ川の悲劇の幻影。

それは、言葉以上に、雄弁に、ヴァレリウス公爵の掲げる「支配」という思想の、残酷な結末を、全ての者の心に、刻みつけた。


大謁見の間の、あの重苦しい沈黙が、再び、始祖の祭壇を支配する。

だが、今度の沈黙は、ヴァレリウス公爵の笛が奏でた、不自然な「無」ではない。

それは、天と、地と、そして、この世界に息づく全ての精霊たちが、息を殺し、悲しみに耐えているかのような、深く、厳粛な静寂だった。


風が、そよぎ始めた。それは、穏やかな風ではない。どこか、嘆き悲しむような、哀愁を帯びた風だった。

ヴァレリウス公爵の顔が、焦燥に歪む。

「違う! これは秩序ではない、混沌だ! 我が支配こそが、真の平穏をもたらすのだ!」

彼の叫びは、もはや、誰の心にも、届いてはいなかった。


私は、この好機を、逃さない。

再び、私の意識は、「鍵」の力を通じて、この世界の理そのものへと、語りかける。


『――大いなる精霊王よ。証拠は、提示されました。ヴァレリウス公爵の哲学がもたらすのは、平穏ではなく、静かなる死です。それは、対等なる者同士の「契約」であったはずの、古の盟約の精神そのものを、踏みにじる、一方的な、支配と、隷属に他なりません』

『真の秩序とは、沈黙と、服従から生まれるのではない。それは、正義と、均衡と、そして、相互の尊重からのみ、生まれるのです』


そして、私は、検事として、ただ、罪を断罪するだけではない、未来へ向けた、最後の「論告求刑」を、行った。


『古の盟約は、グランヴィル公爵の、そして、ヴァレリウス公爵の、身勝手な野心によって、傷つき、歪んでしまいました。もはや、古い法だけでは、この世界を、正しく、治めることはできません』

『であるならば! “鍵”たる、私、ルクレツィアは、ここに、古き盟約の、破棄ではなく、**“改正”を、要求いたします!』

『人間と、精霊が、真に対等な立場で、互いを尊重し、共に、この世界を、豊かにしていくための、『新しい盟約』**の締結を! これが、私の、最後の弁論です!』


私の、魂からの叫び。

それを聞いたヴァレリウス公爵は、全てを、悟った。

彼の理想とする、支配の世界が、完全に、否定され、そして、新しい、彼の理解を超えた、秩序が、生まれようとしていることを。


「――認めん……。断じて、認めんぞ……!」

彼は、狂ったように絶叫すると、その身に残された、全ての生命力を、あの青白い笛へと、注ぎ込んだ。

「我の支配を、拒むというのなら……! 全ての精霊よ、我と共に、無に還るがいい!」


笛から、最後の、そして、最も、おぞましい音色が、放たれた。

それは、全ての魔力、全ての魂を、消滅させるという、絶対的な「無」の波動。

その、死の衝撃波が、私に向かって、殺到する。


だが、その波動が、私に届くことはなかった。

世界が、動いた。


祭壇の、古代の石が、一斉に、眩い、黄金の光を放つ。

大地から、木々から、空から、数えきれない、無数の、光の粒子が、湧き上がってきた。

それは、この土地に生きる、全ての精霊たちの、魂の輝きだった。


光の粒子は、津波となって、ヴァレリウスが放った「無」の波動を、飲み込み、そして、完全に、消滅させた。

そして、その、黄金の津波は、彼が手にする、「精霊封じの笛」へと、殺到した。


ピシ、ピシッ、と。

古代の骨から作られたはずの笛に、亀裂が走る。

そして、次の瞬間、パリン、と、甲高い音を立てて、砕け散った。


「ああ……ああああああっ!」

ヴァレリウス公爵が、絶叫する。

魔法の源泉を失った彼の身体から、全ての魔力が、霧のように、抜けていく。彼は、もはや、公爵でも、魔術師でもない。ただの、抜け殻となった、一人の男として、その場に、崩れ落ちた。


審判は、終わった。

彼の罪は、この世界の理そのものによって、裁かれたのだ。


役目を終えた、黄金の光の粒子たちは、今度は、私のもとへと、集まってきた。

それは、まるで、祝福の吹雪のように、私の周りを、優しく、そして、温かく、舞い踊った。

手の甲の紋章が、これまでにない、穏やかで、力強い光を、放っている。


私は、その光の中で、静かに、目を閉じた。

法廷での戦いは、終わった。

だが、これから、この世界に、新しい法を、新しい秩序を、もたらすための、私の、本当の戦いが、始まろうとしていた。

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