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第67話:検事の書面、騎士の言葉

「共鳴の審判」まで、残された時間は、二日。

法務省の私の執務室は、さながら、史上最も難解な裁判に挑む、弁護団の作戦室と化していた。


だが、そこに、魔法の訓練や、呪文の詠唱は、一切ない。

あるのは、山と積まれた古文書、インクの匂い、そして、ペンが羊皮紙を滑る、静かな音だけだった。

私は、来るべき審判のために、私の武器――「最終弁論」の書面を、作り上げていた。


姉のリリアーナは、その博識で、古文書の中から、「古の盟約」が、いかに「対等な相互尊重」の精神に基づいて結ばれたかを証明する、重要な一節を見つけ出してくれた。

ユリウスは、その情報網で、ヴァレリウス公爵家が、代々、いかにして、その領地の精霊たちを、力で支配し、搾取してきたか、という、過去の「判例」とも言える、おびただしい数の記録を、私の元へと届けてくれた。


彼らの集めてくれた「証拠」を、私は、検事としての技術の全てを注ぎ込み、一つの、完璧な論理へと、編み上げていく。

それは、まさしく、チームでの、総力戦だった。


***


そして、審判を明日に控えた、最後の夜。

全ての準備を終えた私は、一人、テラスで、静かに夜空を見上げていた。

やるべきことは、全てやった。だが、心の奥底の、不安の疼きは、消えない。


「……準備は、万端ですか」

静かな声と共に、カイン卿が、私の隣に立った。彼は、この二日間、私が執務室に籠っている間、その扉の前から、一歩も動かなかったという。


「ええ。書面の上では、完璧なはずですわ」

私は、正直な気持ちを、吐露した。「ですが、相手は、法や、理性が通じる人間ではない。この世界の、理そのもの。……正直に言えば、私が、その舞台に立つ資格があるのかどうか、今でも、分かりません」

初めて、彼に、弱音を見せたかもしれない。


だが、彼は、安易な慰めの言葉を、口にはしなかった。

彼は、ただ、あの最後の法廷での、私の姿を、思い返すように、言った。

「あなたが、あの大謁見の間で、たった一人、戦っていた時。あなたは、誰よりも、輝いて見えました」

「あなたは、その手にした論理を、どんな名剣よりも、鋭く、そして、美しく、振るっていた」

「明日、あなたがなさることも、何も、変わりはしません。……ただ、法廷が、少し、広くなるだけのことです」


その、飾り気のない、しかし、私の本質を、誰よりも、深く、理解してくれている言葉。

それだけで、私の心の中の、最後の不安が、すうっと、溶けていくのが分かった。


私は、彼に向き直ると、衝動的に、その、剣を握る、逞しい腕に、そっと、自分の手を、重ねた。

「……ありがとう、カイン」

彼が、息を呑むのが、分かった。


彼は、私のその小さな手に、応えるように、力強く、頷いた。

「何があっても、俺は、あなたのそばにいます。それだけが、決して変わることのない、事実です」


***


そして、運命の朝が来た。

王都を見下ろす、最も天に近い、聖なる高台。そこに、古来より存在する、「始祖の祭壇」があった。

巨大な石が、円環状に並べられた、古代の祭祀場。その中心は、世界で、最も、精霊の力に満ちていると言われている。


祭壇の、一方に立つ、ヴァレリウス公爵。その手には、「精霊封じの笛」が、禍々しい存在感を放っている。

そして、もう一方に立つ、私。私の手にあるのは、この三日間で作り上げた、分厚い、羊皮紙の束だけ。


国王陛下が、その場にいる全ての者に向かって、厳かに、宣言した。

「これより、『共鳴の審判』を執り行う!」

「古の盟約の理に従い、それぞれの主張を、この祭壇に、示すがよい!」


私は、目を閉じ、深く、息を吸い込んだ。

そして、右手の甲の紋章に、意識を集中させる。

(――聞こえますか、この世界の、理を司る、大いなる存在よ)

(これより、私の、最後の弁論を、始めます)


私の「鍵」の力が、世界と共鳴し、物語の、本当の、最後の戦いが、今、始まろうとしていた。

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