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第65話:支配の思想と王の裁断

「――あなた様の、その、ご高説を、お聞かせ願えますかしら?」


私が、ヴァレリウス公爵の「聖なる遺物」と、セレーネ川の「犯罪」を、一本の線で繋いだ、その瞬間。

彼の、完璧な笑みの仮面は、ついに、砕け散った。

その瞳の奥に、隠しようのない、冷たい怒りの炎が燃え上がる。


だが、彼は、やはり、ただの男ではなかった。

次の瞬間には、その怒りを、再び、尊大で、余裕に満ちた笑みで塗り固めていた。

「はっはっは! 実に面白い。法務大臣殿は、物語をお作りになる才能もおありのようだ。その聖なる笛と、南で起きた悲劇を、そのような空想で結びつけるとは。ですが、大臣。あなたのその物語には、残念ながら、何一つ、証拠が存在しない。あるのは、あなたの、過剰な憶測と、私に対する、根拠のない侮辱だけです」


彼は、私を「妄想癖のある女」だと一蹴すると、再び、議題を、自らが望む方向へと、強引に引き戻そうとした。

「皆様、ご覧ください! これこそが、私が懸念していた事態なのです! “鍵”という、あまりに強大な力を得た、若き大臣は、その力を、正しく制御できていない! 彼女のその、不安定な精神と、独善的な正義感こそが、この国に、新たな混乱をもたらす火種となりかねないのです!」

彼は、国王と、全ての貴族たちに向かって、訴えかけた。


「今こそ、我々、経験と分別をわきまえた者たちが、その力を、正しく導き、管理するための『高等委員会』を設立すべきです! 全ては、この国の安寧と、古の盟約を守るために!」

彼の派閥の貴族たちが、そうだ、そうだ、と、一斉に賛同の声を上げる。


(……この男……!)

自分の罪を指摘されながら、それを逆手に取り、私を「危険人物」に仕立て上げ、その管理権を奪おうというのか。

その、あまりにも、傲岸不遜なやり方に、私の心の奥底で、何かが、焼き切れるような音がした。


ズキンッ!

右手の甲の紋章が、これまでで、最も、激しい熱と、痛みを放つ。

それは、私の怒りではなかった。私の身体を通じて、この地に生きる、名もなき精霊たちの、魂からの怒りが、流れ込んでくる。

(……支配されることへの、抵抗……)

(……声を奪われることへの、嘆き……)


私の周りの空気が、重く、淀んでいく。燭台の炎が、一斉に、青白く揺らめいた。

「……ルクレツィア……?」

背後に立つカインが、私の異変に気づき、そっと、私の肩に手を置く。彼の体温が、かろうじて、私の理性を繋ぎとめていた。


だが、その場の空気を、一瞬にして、断ち切った者がいた。

玉座に座す、国王陛下だった。


「――もう、よい」


その、低く、しかし、地響きのように響き渡る声に、全ての貴族が、口をつぐんだ。


「ヴァレリウス公爵。そなたの言う『国の安寧』は、余には、『権力への渇望』としか、聞こえぬな」

国王は、公爵を、冷たく一蹴する。

「そして、ルクレツィア法務大臣。そなたの正義は、時に、その身に宿す力と、分かちがたく結びついているようだ。そなたもまた、その力を、正しく制御することを、学ばねばなるまい」


国王は、玉座から、ゆっくりと、立ち上がった。

そして、全ての者に向かって、宣言する。

「この評議会は、もはや、人の子の議論で、決着がつく問題ではないことを、露呈した」

「よって、余は、古の盟約に定められた、古の法に、その裁定を、委ねるものとする!」


その言葉に、ヴァレリウス公爵も、私も、息を呑んだ。

まさか、伝説の中にしか存在しないはずの、あの儀式を、この場で……。


国王は、厳かに、告げた。

「三日の後、王国の中心、始祖の祭壇において、**『共鳴の審判』**を、執り行う!」

「“鍵”の継承者たる、ルクレツィア法務大臣。そして、盟約の秩序に、異を唱える者として、ヴァレリウス公爵。そなたら二人は、それぞれの信じる正義を、人の言葉ではなく、自らの魂と、古代遺物をもって、精霊たち自身に、直接、問いかけるがよい」


「そして、精霊たちが、どちらの道を選ぶか。その答えを以て、この国の、最終的な裁定とする!」


それは、もはや、政治の戦いでも、法の戦いでもない。

「正義」と「支配」。どちらの魂が、より、強く、そして、気高いか。

それを、この世界の理そのものに問う、あまりにも、過酷で、そして、神聖な、決闘の始まりだった。

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