第63話:開示された切り札
大謁見の間に、張り詰めた沈黙が満ちる。
全ての貴族が、法務大臣である私と、北方の雄であるヴァレリウス公爵の、次の一手を固唾をのんで見守っていた。
私は、その沈黙を破るように、静かに席を立った。
「私が共同主催者として提案する、『魔法監査』。その公正さを示すため、まず、我がバルテルス家から、監査をお受けしましょう」
私の言葉に、ホールがどよめく。自ら、最初の対象となるとは、誰も予想していなかったのだろう。
ヴァレリウス公爵が、値踏みするように、私を見る。
「ほう。して、バルテルス家の『古代遺物』とは、一体、どのようなものですかな、大臣?」
その声には、私の意図を測りかねる、わずかな警戒の色が混じっていた。
「我が家に、剣や王冠のような、形の在る遺物は、伝わっておりません」
私は、ゆっくりと、右手の白い手袋に、指をかけた。
「バルテルス家に代々受け継がれてきた、ただ一つの遺産。それは――」
私は、手袋を、外した。
「この、血筋そのものですわ。そして、その血筋に、世代に一人だけ、現れるとされる、『古の盟約』の“鍵”となる、この力」
私の、白く滑らかな手の甲の上。
そこに、淡い、しかし、神聖な光を放つ、聖なる紋章が、はっきりと浮かび上がっていた。
「なっ……!」「おお……!」「あれが、盟約の……!?」
貴族たちから、驚愕と、畏怖の息遣いが漏れる。
私が、自ら、最大の切り札を、そして、最大の弱点を、全ての者の前に、開示した瞬間だった。
(……来る……!)
紋章を公にしたことで、私の内に眠る力が、堰を切ったように、溢れ出そうとする。耳の奥で、無数の精霊たちの囁きが、嵐のように渦を巻く。くらり、と、眩暈に襲われ、一瞬、意識が遠のきそうになる。
その時、私の椅子の背に、そっと、力強い手が添えられた。
カインの手だった。その、無言の、しかし、絶対的な支えが、私を、混沌の淵から、引き戻してくれた。
「……なんと、驚くべき、ご告白だ」
いち早く、我に返ったヴァレリウス公爵が、芝居がかった声で言った。彼の瞳の奥には、隠しようのない、貪欲な光が宿っている。
「あなた様が、かの、伝説の“鍵”の継承者であったとは。ですが、大臣。そのあまりに強大で、そして、危険な力を、あなたは、正しく制御できておいでで? 一歩間違えれば、国そのものを滅ぼしかねない、その力を」
彼は、私の力を、王国にとっての「脅威」として描き、その管理権を、自らが設立しようとする委員会へと、引き寄せようと画策しているのだ。
だが、その攻撃こそ、私が待ち望んでいたものだった。
私は、彼の、偽りの憂慮に満ちた目を、真っ直ぐに見つめ返した。
「――ええ、まさしく、その通りですわ、公爵閣下」
私の、その、あまりにもあっさりとした肯定に、今度は、彼の方が、虚を突かれた顔をした。
「あなた様がおっしゃる通り、この力は、あまりに強大で、危険です。だからこそ、この『魔法監査』が必要なのではありませんか」
私は、ホールにいる、全ての貴族たちへと、視線を移す。
「我がバルテルス家だけではない。他の、古い家々にも、私たちの知らない、どのような『古代遺物』が、どのような状態で、眠っているか、分かりはしない。それを、この機に、全て、明らかにし、正しく、そして、公正に、管理するための、礎とすべきです」
私は、最後に、ヴァレリウス公爵へと、挑戦的な笑みを向けた。
「我が家の監査は、終わりましたわ。私は、私の全てを、この場に、開示いたしました」
「さあ、公爵。次は、あなたの番です」
「あなたの家に眠る、その『遺産』とやらを、皆様の前に、ご開示いただけますわね?」
私の、完全なカウンター。
彼は、自らが振りかざした剣の切っ先を、今、己の喉元に、突き付けられていた。
彼の、完璧な笑みの仮面の下で、その瞳が、冷たい怒りに、燃えているのが、私には、はっきりと分かった。




