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第6話:王の謁見と最初の任務

嵐が過ぎ去った大広間は、嘘のように静まり返っていた。

先ほどまでの喧騒が幻だったかのように、残されたのは私と、皮肉な笑みを浮かべた赤髪の騎士、カイン・アシュベリー卿だけだった。


「未来の法務大臣殿、とでもお呼びすべきかな?」


彼の言葉には、からかいと、そして無視できない本質の光が宿っていた。

私は、先ほどの法廷で見せた怜悧な仮面を維持したまま、静かに問い返す。

「……どういう意味ですの、アシュベリー卿」


「言葉通りの意味ですよ」

カイン卿は肩をすくめた。「あなたほどの逸材を、国王陛下が放っておくはずがない。あの場で、権力ではなく『論理』で王太子殿下を完膚なきまでに打ち負かした。あれを見せられて、あなたをただの公爵令嬢として遇するほど、我らが陛下は耄碌してはいません」


彼の言う通りだった。国王陛下からの「執務室へ参れ」という命令は、断罪劇の続きではなく、新たな交渉の始まりを意味していた。


カイン卿に先導され、私は国王の執務室へと続く長い廊下を歩く。

すれ違う貴族や使用人たちが、畏怖と好奇の入り混じった目で、息を殺して私を見つめているのが分かった。つい一時間前まで、私は誰もが嘲笑する哀れな悪役令嬢だったはずだ。人の評価とは、かくも容易く、そして劇的に変わるものらしい。


重厚な樫の扉の前で、カイン卿が恭しく扉を開ける。

「陛下、ルクレツィア・フォン・バルテルス様をお連れいたしました」

「うむ。入れ」


通された執務室は、華美な装飾はないが、上質な木材と革の匂いに満ちた、機能的な空間だった。国王陛下は、巨大な執務机の後ろに一人腰掛け、私を真っ直ぐに見据えていた。


「まずは、息子アルフレッドの愚行、そしてそなたにかけた不当な嫌疑について、王として謝罪する。許せ」

国王は、頭を下げることはしなかったが、その声には確かな謝罪の意が込められていた。だが、感傷に浸る時間はすぐに終わる。


「さて、ルクレツィア嬢」

彼の目が、鋭い探求者のそれに変わった。

「単刀直入に聞こう。『偽証罪』……あの言葉、そしてあの場を支配したそなたの思考。一体どこで身につけた?」


最大の、そして最も答えにくい質問だった。

もちろん、転生者であることなど口が裂けても言えない。私は、あらかじめ用意しておいた答えを、澱みなく口にした。


「古今東西の書物を読み漁るうち、理想的な国家の在り方について学ぶ機会がございました。そこにあったのです。権力や感情ではなく、公平な『法』によって統治される国の姿が」

そして、私はここで守りに入るのではなく、逆に攻めに転じた。

「陛下。今回の一件は、アルフレッド殿下の未熟さだけに起因するものではございません。この国が、人の感情や身分によって裁きが歪められる、脆弱な法制度しか持たないことの、何よりの証左です」


私の大胆な指摘に、国王は怒るどころか、面白そうに口の端を上げた。

「……ほう。面白いことを言う。ならば、そなたの言う『法による統治』とやらを、このアステリア王国で実現できるとでも?」


「やり方さえ間違えなければ、可能であると信じております」


私の即答に、国王は満足げに頷いた。

「良いだろう。ならば、そなたの能力を試させてもらう」


彼は、机の引き出しから、一つの古い書類を取り出した。

「そなたには、姉がいたな。2年前に、同じく不義の罪を着せられ、辺境の修道院へと追放された、前公爵令嬢リリアーナが」


「……はい」

姉の名が出たことで、私の心に、これまで抑えていた個人的な感情が疼いた。姉もまた、誰かの陰謀によって、不当にその座を追われたのだ。


「最初の任務だ。そなたの姉、リリアーナの事件を、そなた自身の力で再調査せよ」

国王の目が、私を射抜く。

「もし、そなたが姉の無実を、そなたの言う『法』の下に証明できたのなら――その時こそ、そなたに新たな権限と地位を与えることを約束しよう」


それは、試練であり、またとない好機だった。

私が頷くより先に、国王は部屋の隅に控えていたカイン卿に命じる。


「カイン、そなたはこの件の全権を預かるルクレツィア嬢を補佐し、彼女の命令に従え。そなたが持つ特務調査室の権限も、彼女のために使うことを許可する」


「御意」

カイン卿が、静かに頭を下げた。


こうして、私の最初の戦いは終わり、そして、本当の戦いが始まろうとしていた。

不当に貶められた姉の名誉を取り戻し、この国の闇に光を当てるための、長く険しい戦いが。

隣に立つ、皮肉屋の騎士と共に。

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