表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/70

第59話:民衆の喝采と二人の誓い

私たちが、山の源流から侯爵の城館へと戻る道は、来た時とは、全く違う光景に包まれていた。

死んでいた川に、水が戻った――その報せは、燎原の火のごとく、渇いた大地を駆け巡っていたのだ。


沿道には、どこから集まったのか、数えきれないほどの人々が、私たち調査団の帰りを、今か今かと待ちわびていた。

私たちの乗る馬車が姿を現すと、地鳴りのような、大歓声が巻き起こった。


「法務大臣様だ!」

「我らの川を、お救いくださった!」

「ルクレツィア様、万歳!」「ありがとう、ありがとう……!」


投げかけられるのは、貴族たちの、打算に満ちた賞賛ではない。大地と共に生きる、民衆からの、飾り気のない、魂からの感謝の言葉だった。

彼らは、花を投げ、涙を流し、深く、深く、頭を下げて、私たちの馬車を見送った。

私は、その光景を、ただ、言葉もなく、見つめていた。

検事として、法務大臣として、私が本当に守りたかったものは、これだったのだ、と。心が、熱く震えた。


***


その夜。

城館のテラスから、私は、月明かりに照らされ、きらきらと輝きながら流れる、セレーネ川を眺めていた。

背後に、静かな足音が近づいてくる。振り返らずとも、それが誰なのかは、分かっていた。


「……美しい眺めですね」

隣に立ったカインが、静かに呟いた。


「ええ。本当に」

私は、彼に向き直る。「カイン。今日の、あの場所で……ありがとうございました。あなたは、私の突拍子もない策を、信じて、剣を振るってくれた。もし、あなたが一瞬でも躊躇っていたら、私たちは、今頃……」


「言ったはずです」

彼は、私の言葉を遮った。「俺のいるべき場所は、あなたのそばだと。俺は、あなたが信じるものを、信じると決めたのです」

彼は、昼間の、民衆の熱狂を思い返すように、遠い目をした。


「そして……今日、あの人々の顔を見て、改めて、確信しました。俺が、この命を懸けて仕えるべき主は、あなたしかいない、と。あなたの騎士であることを、俺は、誇りに思います」


その、実直で、どこまでも誠実な言葉。

それが、どんな愛の言葉よりも、私の心を、強く、そして、温かく満たしていく。

私たちは、しばらくの間、ただ黙って、二人、夜の川を見つめていた。その沈黙が、何よりも、心地よかった。


だが、その静寂は、突然、破られた。

一人の従者が、慌てた様子で、私に一つの魔法の道具を差し出してきた。ユリウス殿下からの、緊急の、通信魔法だった。


私が、その通信水晶コミュニケーターに魔力を通すと、ユリウスの、いつもより、少しだけ、険しい声が響き渡った。

『――ルクレツィア嬢か。どうやら、敵の正体が、はっきりと、見えてきたようだ』


「どういうことですの?」


『君が発見した、あの石の紋章。私の諜報網で照合した結果、やはり、北方の古代貴族、ヴァレリウス公爵家のものだと確定した。彼こそが、過激派組織「精霊解放戦線」の、首謀者で間違いない』

『そして、奴が、動いたぞ』


ユリウスは、衝撃的な、第二の情報を告げた。

『たった今、王都の私の部下から、連絡があった。ヴァレリウス公爵が、国王陛下に対し、『古代遺物の管理に関する、臨時御前会議』の開催を、正式に嘆願した、と』

『――奴は、王都に来る。我々の、この舞台に、自ら、上がってくるつもりだ』


敵は、もはや、影の中に隠れてはいない。

彼は、堂々と、私たちの前に、その姿を現そうとしているのだ。

私は、眼下に広がる、平和を取り戻した領地を見つめ、そして、静かに、しかし、強く、呟いた。


「ええ……。望むところですわ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ