表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/70

第56話:渇いた大地と検事の視点

王都を出て南へ向かう馬車の中から見える景色は、進むにつれて、その彩りを失っていった。

豊かな緑に覆われていた大地は、次第に乾いた土の色を覗かせ、農夫たちの顔には、天を仰ぎ、助けを求めるような、深い絶望の色が浮かんでいた。命の源であるセレーネ川が枯渇したという報せは、すでに、この南部一帯に住む全ての人々の心を、暗い影で覆い尽くしていた。


「……ひどい、状況ですわね」

馬車の窓から、干上がった用水路を眺めながら、私が呟く。


「ええ。ですが、今は、ご自身のことに集中してください」

向かいの席に座るカインが、真剣な目で言った。「あなたのその手……紋章は、何か感じますか?」

彼の問いは、自然だった。彼はもう、私の秘密を共有し、共に戦う、唯一無二のパートナーなのだ。


私は、手袋に覆われた右手に、意識を集中させる。

「……ええ。王都にいた時よりも、ずっと強く。微かですが、絶え間なく、不協和音のようなものを感じます。まるで、この土地そのものが、悲鳴を上げているかのようですわ」


「ならば、俺の務めは一つ。あなたが、その『悲鳴』に耳を澄ませられるよう、あらゆる物理的な脅威を、あなたから遠ざけることです」

彼の言葉に、私は、静かに頷いた。


***


セレーネ侯爵領の城館に到着した私たちを、憔悴しきった様子のセレーネ侯爵が出迎えた。

「おお、法務大臣閣下! よくぞ、お越しくださいました!」

彼は、私たちにすがりつくように言った。「これは、呪いです! 我が領地が、何者かの呪いを受けたに違いありません!」


だが、私は、彼のその言葉を、冷静に制した。

「侯爵。呪いとは、魔法を使って行われる『犯罪』に過ぎません。そして、全ての犯罪には、犯人がいて、犯行の手口があり、そして、動機があるはずです。私たちは、これを、天変地異や呪いとしてではなく、一つの『事件』として、捜査を開始します」


私のその言葉に、侯爵は、呆気に取られたような顔をした。

私は、彼に、セレーネ川の、最も詳細な地図を要求した。特に、その水源地に関するものを。

「川が、その中流から、忽然と姿を消すことはありません。もし、これが人為的な『事件』なのであれば、その犯行現場は、必ず、川の源流にあるはずです」

検事としての、私の捜査の第一歩。それは、常に、現場の特定から始まる。


***


侯爵の案内に従い、私たちは、かつて聖地として崇められていた、山脈の奥深くにある、セレーネ川の源流へとたどり着いた。

そこは、神聖な泉があったとは思えぬほど、無残な光景を晒していた。

大地は、渇き、ひび割れ、全ての生命が、その潤いを失っている。空気には、よどんだ、不自然な魔力が、濃霧のように立ち込めていた。


その場に立った瞬間、私の右手の甲が、ズキン、と、激しい痛みと共に、熱を帯び始めた。

「……っ!」

「ルクレツィア!」

私の苦痛に気づいたカインが、即座に私の前に立ち、庇うように周囲を警戒する。


私は、痛む手を抑えながら、泉の中心を見つめた。

そこだけが、おかしい。

全てのものが乾ききっている中で、その中心に、一つだけ、濡れたように黒く、周囲の岩とは明らかに異質な、黒曜石のような石が、鎮座していた。


カインも、それに気づいたようだった。

「……大臣。あれを」


その石は、まるで、この土地の全ての潤いと、魔力と、生命力を、ただ、それ一つで吸い上げているかのようだった。

そして、その表面には。

これまで、一度も見たことのない、歪んだ、禍々しいルーン文字が、まるで、地の底から響く、不気味な笑い声のように、刻みつけられていた。


間違いなく、これが「犯行現場」であり、そして、これが、全ての元凶だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ