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第54話:法務大臣と招かれざる力

お待たせしました! 第2部スタートです!

グランヴィル公爵が断罪されてから、三ヶ月が過ぎた。

王都は、歴史的な裁判の熱狂から、新しい秩序へと向かう、穏やかな、しかし確かな活気に満ちていた。


そして、私の日常もまた、一変していた。

「――以上が、王国歴348年に制定された『土地所有権に関する王令』と、512年の『貴族間の土地相続に関する慣習法』の、明確な矛盾点です。この二つの法が、これまでにどれほどの紛争を生んできたか、皆様もご存じのはず」


新設された「法務省」の執務室で、私は、集められた若き法務官たちを前に、淡々と説明を続けていた。

法務大臣、ルクレツィア・バルテルス。それが、今の私の、新しい名前だ。

公爵令嬢としてのきらびやかなドレスではなく、今は、動きやすく、しかし気品のある、濃紺の執務服に身を包んでいる。


「ルクレツィア大臣。ですが、この慣習法は、伝統ある東方の貴族たちの既得権益に深く関わっております。改正には、彼らの猛烈な反発が予想されますが……」

法務官の一人が、懸念を口にする。


「ええ、分かっています。だからこそ、私たちは、誰にも反論のしようがない、完璧な『改正案』を作り上げるのです。感情論ではなく、ただ、法と、論理と、事実をもって」

私のその言葉に、若い法務官たちの目が、尊敬と、そして熱意の光で輝いた。


会議が終わり、一人、執務室に残る。

山のような書類に目を通していると、不意に、扉がノックされた。


「……大臣。夜も更けてまいりました。温かいお茶でも、いかがですかな」

「……カイン卿」

入ってきたのは、法務省の筆頭騎士団長となった、カインだった。彼の騎士服も、王城のものとは違う、法務省独自の、黒を基調とした精悍なデザインに変わっている。


「ありがとうございます。ですが、まだ、もう少し……」

「ダメです」

私の言葉を、彼は、静かに、しかし、きっぱりと遮った。「あなたの健康を守ることも、私の、そして、法務省騎士団の、最も重要な任務ですので」

彼は、そう言うと、手にしたティーカップを、私の机に置いた。その指先が、書類に触れた私の指と、ほんのわずかに、触れ合った。


びくり、と、私の肩が跳ねる。

カインもまた、はっとしたように、慌てて手を引いた。

お互いの気持ちを、痛いほど自覚している。だが、上司と部下という、新しい立場。そして、まだ言葉にできていない想いが、私たちの間に、甘く、そして、もどかしい壁を作っていた。


彼が、部屋を出ていく。

一人残された私は、自分の胸の鼓動が、あまりにうるさいことに、顔を赤らめた。

(……ダメね、私。これでは、検事失格だわ)

そう、自分を叱咤した、その瞬間だった。


私の感情の高ぶりに、呼応したかのように。

机の上の、インク瓶が、カタ、と、ひとりでに揺れた。

そして、燭台の炎が、ぼっ、と、一瞬だけ、大きく燃え上がった。


私は、はっと息を呑み、自分の右手を見つめた。

手の甲には、普段は隠れている、あの聖なる紋章が、服の上からでも分かるほど、かすかな光を放ち、そして、すぐに消えた。


(……また、この力……)

法と論理の世界に生きる私にとって、この、理屈の通じない、制御不能な力は、正直なところ、忌まわしいものでしかなかった。私は、この力の存在に、気づかないふりをし続けていた。


だが、運命は、それを許してはくれなかった。

翌朝。

法務省の執務室に、一人の伝令が、血相を変えて飛び込んできた。


「大臣! 緊急のご報告です!」

「南方の、セレーネ侯爵領より、至急の連絡が!」


私は、立ち上がった。

「どうしました」


伝令は、信じられない、という顔で、絶叫するように、報告した。


「セレーネ侯爵領を流れる、大河……領地の、そして、南部全体の、命の源である、セレーネ川が……」


「――昨夜、一晩にして、完全に、干上がった、と!」


ありえない、天変地異。

私は、窓の外の、平和な王都の景色を見つめた。

そして、自分の手の甲を、強く、握りしめる。


私の本当の戦いは、法廷の中だけでは、終わらない。

それを、はっきりと、予感していた。

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