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第50話:法の光、魔法の終わり

「――この結界は、違憲です!!」


私の、検事としての、そして、この世界の理に挑む者としての、最後の宣言。

それが、引き金だった。


ピシッ、と。

私が指さした、結界を構成する古代ルーンの一文字に、白い亀裂が走った。

その亀裂は、瞬く間に、蜘蛛の巣のように、ドーム全体へと広がっていく。

甲高い、ガラスが軋むような音が、大謁見の間に響き渡った。


「ば、馬鹿な……ありえん! 我が『絶対守護結界』が……!?」

グランヴィル公爵が、信じられないものを見る目で、自らが発動させた、絶対的な防御壁の崩壊を見つめている。


そして、次の瞬間。


パリンッッッ!!!


紫色の光のドームは、まるで、巨大なステンドグラスの天井が、天からの光を受けて砕け散るかのように、無数の光の破片となって、華麗に、そして、音もなく、崩壊した。

光の破片は、床に落ちる前に、きらきらと輝く粒子となって、空気中に溶けて消えていく。

あれほどホールを支配していた、禍々しい魔力と、絶対的な圧力が、嘘のように消え失せていた。


大謁見の間は、死んだような静寂に包まれた。

国王も、貴族たちも、そして、外からこの光景を見ていた者たちも、ただ、呆然と、目の前で起きた奇跡を見つめている。


「……な、にを……した……」

グランヴィル公爵が、震える声で、私に問いかける。その瞳には、もはや憎悪ではなく、人知を超えた何かに対する、原始的な恐怖の色が浮かんでいた。

「お前は……一体、何者なのだ……?」


彼が、最後の抵抗をしようと、よろめいた、その時だった。

私の隣で、静かにその時を待っていたカイン卿が、動いた。

彼は、その手に持つ杖を、剣のように鋭く振るい、公爵の足元を払った。

体勢を崩し、無様に床に倒れた公爵の元へ、結界の消滅と共に、王城の近衛騎士たちが、雪崩を打って殺到する。


「グランヴィル・フォン・アステリア公爵を、国家反逆罪の現行犯として、捕縛せよ!」

カインの、力強い号令が響き渡る。

もはや、抵抗する力も、意志も残っていなかった公爵と、その隣で、全てを諦めたように立ち尽くす宰相エルミントは、なすすべもなく、騎士たちに取り押さえられた。


長い、長い戦いが、終わった。


姉のリリアーナが、涙を流しながら、私の元へ駆け寄ってくる。ユリウス王子が、心からの敬意を込めた、拍手を送ってくれている。周囲の貴族たちが、私に、畏怖と、そして賞賛の視線を向けている。


だが、私の目は、その中の誰をも、見てはいなかった。

私の目は、ただ一人、傷つきながらも、誇らしげに、そして、どこか安堵したように、私を見つめている、騎士の姿だけを、捉えていた。


私は、彼に向かって、一歩、また一歩と、歩み寄る。

彼は、私に応えるように、杖を突きながら、こちらへ向かってくる。

ホールの中央で、私たちは、向かい合った。


かけるべき言葉は、山ほどあるはずだった。

感謝を、謝罪を、そして、募る想いを。

だが、そのどれもが、今の、この瞬間の、私たちの気持ちを、正確に表すことはできないように思えた。


だから、私は、ただ、彼の、傷だらけの腕に、そっと、自分の手を伸ばした。

そして、全ての想いを込めて、言った。


「――帰りましょう、カイン」


初めて呼んだ、彼の名前。

そして、「帰りましょう」という、その言葉。

それが、私の、不器用な、精一杯の告白だった。


彼は、一瞬、驚いたように目を見開いたが、やがて、その顔に、私が今まで見たこともないような、穏やかで、そして、優しい笑みが、ゆっくりと、広がっていった。


「――ええ、ルクレツィア」


彼もまた、初めて、私の名を、そう呼んだ。

そして、その傷ついていない方の腕を、私に差し出してくれる。

私は、こくりと頷くと、その腕に、自分の腕を、そっと、絡めた。


国王の、裁定を宣言する声が、遠くに聞こえる。

だが、その声も、もはや、私たちの耳には、届いていなかった。


私たちは、二人で、ゆっくりと、大謁見の間を、後にした。

長かった法廷が、終わり、そして、私たちの、本当の物語が、始まる場所へと、帰るために。

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