第5話:裁定、そして新たな序曲
偽証罪。
私が放った、この世界には存在しない罪の名。
それは、理解不能な呪文のように大広間に響き渡り、人々の思考を完全に停止させた。
「ぎ、しょう……ざい……?」
アルフレッド殿下が、呆然と私の言葉を繰り返す。その顔には、もはや怒りの色すらなかった。ただ、未知の概念に対する子供のような純粋な困惑だけが浮かんでいる。
私は、この混乱を好機と見て、追撃の手を緩めなかった。
あえて、この世界の住人にも理解できるよう、言葉を補う。
「偽証罪。それは、神聖なる法の前で、己の私欲や悪意のために偽りを述べる、魂そのものを汚す大罪です。たとえこの国にその名を裁く法がなくとも、人の道徳、そして天にまします創造神の御前において、決して許されざる背信行為。――殿下、あなたは今、それを犯したのです」
法的概念を、道徳と信仰にすり替える。
原始的だが、効果は絶大だった。
「神」という言葉を出した瞬間、貴族たちの間に、先ほどとは質の違う、敬虔な恐怖がさざ波のように広がっていく。王子が犯したことが、ただの「嘘」ではなく、神をも畏れぬ「罪」なのだと、彼らは認識し始めたのだ。
「う、う、うるさい! 知ったような口を!」
アルフレッド殿下は、もはや意味のある反論を組み立てることもできず、ただ喚くことしかできない。彼の権威は、今この瞬間、完全に地に堕ちた。
その変化を最も敏感に感じ取ったのは、つい先ほどまで王子に同調していた取り巻きたちだった。彼らは、沈みゆく船から逃げ出す鼠のように、さっとアルフレッド殿下から距離を取る。
「わ、私は、殿下のお言葉を信じておりましたのに……」
「まさか、聖女様を陥れるための虚偽だったなんて……」
手のひらを返したような保身の言葉が、あちこちから聞こえ始めた。なんとも醜い光景だったが、これもまた人間の本質だ。
この醜悪な茶番劇に、ついに終止符が打たれた。
「――そこまでだ」
凛と響き渡った、静かだが有無を言わさぬ威厳に満ちた声。
大広間の全ての人間が、声の主に向かって、はっと息を呑み、一斉に頭を垂れた。
玉座の背後に控えていた影の中から、一人の壮年の男が姿を現す。このアステリア王国の頂点に立つ、国王陛下その人だった。
国王は、もはや無様に立ち尽くすことしかできない我が息子を、失望の色を隠さぬ目で見下ろし、次いで、背筋を伸ばして立つ私に視線を移した。その鋭い瞳は、全てを見通しているようだった。
「本件、ルクレツィア嬢に罪なきは明白と見た。アルフレッド、其方の処遇については、追って沙汰を下す。心して沙汰を待つように」
国王の裁定は、簡潔にして絶対だった。
「今日はこれにてお開きとする! 全員、退出せよ!」
その号令一下、貴族たちは我先にと大広間から逃げ出していく。まるで、この場に一秒でも長く留まれば、王子の愚かさが伝染するとでも言うかのように。
嵐が去ったように静まり返った広間に、私は一人、凛として立ち尽くしていた。
やがて、国王陛下が私のそばを通り過ぎる。その瞬間、私にだけ聞こえるような低い声で、こう告げた。
「ルクレツィア嬢。後ほど、私の執務室へ参れ」
それは、新たな舞台への招待状だった。
頷く私を残し、国王が去っていく。その背中を見送っていると、コツ、コツ、と軽快な足音が近づいてきた。
振り返ると、そこにいたのは、あの赤髪の騎士――カイン・アシュベリー卿だった。彼は、これまでの騒動がまるで面白い芝居だったとでも言うように、皮肉めいた笑みを浮かべていた。
「お見事でした、公爵令嬢」
彼は芝居がかった礼をすると、にやりと笑う。
「いえ……未来の法務大臣殿、とでもお呼びすべきかな?」