第49話:古の盾と検事の矛
「――ルクレツィアァァァッ!」
グランヴィル公爵の絶叫と共に、彼が床に叩きつけた魔石から、禍々しい紫色の光が迸った。
謁見の間の床に刻まれていた、古代の魔法陣が、一斉に光を放ち始める。それは、この王城が築かれた時に、初代国王が仕掛けたという、最後の安全装置。
光は、瞬く間に半透明の壁となり、天蓋となり、玉座を中心としたホールの中央部分を、巨大な紫色のドームで、完全に外部から隔離してしまった。
私、カイン卿、国王陛下、そして、公爵と宰相。私たちは、その中に、閉じ込められたのだ。
「いかん!」
結界の外で、宮廷魔術師長ダリウス卿が叫ぶのが見えた。「あれは、始祖の『絶対守護結界』だ! 外からの物理攻撃も、魔法も、一切通さん!」
その言葉を証明するように、外に残された近衛騎士たちが、槍で結界を突くが、槍の方が、甲高い音を立てて砕け散る。
結界の内側で、グランヴィル公爵が、狂ったように高らかに笑った。
「そうだ! この中では、我が法! 我が、王なのだ! 誰にも、邪魔はさせん!」
彼は、その血走った目で、私を捉える。
「さあ、始めようか、最後の儀式を。その心臓を、“鍵”として、我が偉大なる野望の、礎とするのだ!」
公爵の身体から、紫色の魔力が、オーラとなって立ち上る。
カイン卿が、傷ついた身体で、杖を剣のように構え、私の前に立ちはだかった。
「……俺が、いる限り……あなたに、指一本、触れさせは、しない……」
絶望的な状況。
誰もが、そう思っただろう。
だが、私だけは、違った。
恐怖で震えながらも、私の目は、目の前の脅威ではなく、私たちを閉じ込める、この美しい、しかし、禍々しい結界の壁に、釘付けになっていた。
(……これは、ただの魔力の壁ではない)
(これは、ルール(・・)だ。古代の、厳格なルールに基づいて作られた、一つの、完璧な“法体系”)
(そして、どんなに完璧に見える法にも、必ず、そのどこかに、解釈の余地があり、そして、矛盾を内包した、ただ一つの“穴”がある……!)
検事として、私が、幾度となく、難攻不落の事件を、そのたった一つの穴から、こじ開けてきたように。
私は、結界を構成する、無数の、複雑怪奇な古代魔法のルーン文字を、法律の条文として、読み解き始めた。
「無駄だ、小娘! この結界は、王家の血を引く者しか発動できず、そして、何人たりとも破ることはできん!」
「いいえ」
私は、公爵の言葉を、静かに遮った。
「破れますわ。なぜなら、この結界は、その存在自体が、致命的な自己矛盾を抱えていますから」
「……何だと?」
私の言葉に、公爵が、初めて、怪訝な顔をした。
私は、結界の壁面を構成する、ある一つのルーンの連なりを、指さした。
「この『絶対守護結界』の、最も優先されるべき、第一条項。それは、『アステリア王国の、正当なる王を、あらゆる脅威から守護する』こと。そうですね?」
「そして、その結界が守るべき、正当なる王は……」
私は、玉座に座す、国王陛下へと、視線を移した。
「今、この結界の中に、あなたと、私と、ご一緒にいらっしゃいます」
私は、最後に、グランヴィル公爵に、検事として、最後の「論告」を突きつけた。
「あなたは、国王を守るための結界を発動させ、その結界の中で、国王の目の前で、国王の血を引く私を殺し、国家の根幹である『古の盟約』を破ろうとしている!」
「守るべき対象の前で、国を滅ぼす大罪を犯そうとしているのです! この結界のルールは、完全に、論理的に、破綻している!」
「よって、その古代の法の名の下に、宣言します!」
私は、全ての想いを込めて、叫んだ。
「――この結界は、違憲です!!」
その言葉が、引き金だった。
私が指さしたルーン文字が、閃光のように、強く輝いた。
ピシッ、と、結界の表面に、白い亀裂が走る。
その亀裂は、瞬く間に、ドーム全体へと広がり始めた。
グランヴィル公爵が、信じられないものを見る目で、崩壊していく自らの絶対防御を見つめている。
古代の魔法は、より強大な魔法によってではない。
たった一人の人間の、ただ、純粋な「論理」によって、今、砕け散ろうとしていた。
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