第48話:言葉の盾
「国王陛下。この度の臨時御前会議において、一人の証人として、このカイン・アシュベリーに、発言の許可を、お願い申し上げます」
カイン卿の、静かだが、ホール全体を支配する声。
国王陛下は、驚きに目を見開いたまま、しばしの沈黙の後、ゆっくりと、そして、深く頷いた。
「……許可する。話せ、騎士よ」
カイン卿は、国王に一礼すると、その身を翻し、私にではなく、この場にいる全ての貴族たちに、そして、私を貶めたグランヴィル公爵と宰相エルミントに、その燃えるような赤い瞳を向けた。
彼は、杖を握りしめ、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「皆様方。あなた方は、今しがた、ルクレツィア様のことを、『心を病んだ女』『ヒステリックな女』と、そう、おっしゃいましたな」
その声は、静かだったが、地を這うような、低い怒りに満ちていた。
「私は、この数週間、誰よりも彼女のそばで、そのお姿を見てまいりました。確かに、彼女は、普通の令嬢ではないのかもしれない」
「彼女は、夜会で着飾る時間も惜しみ、書庫に籠り、古い資料の山と格闘していた。着飾る宝石を選ぶ代わりに、証拠の矛盾点を、一つ一つ、拾い上げていた。甘い菓子を口にする代わりに、苦いコーヒーで眠気を覚まし、ただひたすらに、真実という名の光を、追い求めていた」
彼の言葉は、法的な証言ではない。ただ、彼が見てきた、ありのままの事実。
だが、その事実は、どんな能弁家の言葉よりも、人々の心を打った。
「あなた方は、彼女を『婚約破棄に心を痛めた、哀れな女』だとおっしゃる。違う! 彼女が心を痛めているのは、ただ一つ! 愛する姉君が、あなた方のような権力者の都合で、その名誉も、未来も、全てを不当に奪われた、この国の理不尽さに対してだ!」
「あなた方は、彼女を『冷徹で、計算高い』と非難する。違う! その冷静さは、彼女が、自らの正義を、そして、この国に残された、最後の良心を、信じているからこその、強さの証だ!」
彼の声が、熱を帯びていく。
「この目で見た! 彼女が、自分の命が狙われていると知りながらも、決して怯まなかった姿を! 彼女が、私が深手を負った時、自分のことのように、涙を流してくれた、その優しさを!」
最後に、彼は、グランヴィル公爵と宰相を、真っ直ぐに射抜いた。
「あなた方は、彼女を『不安定だ』と断じた。ならば言おう。彼女こそ、この腐りきった王宮で、ただ一人、確固たる正義の上に立つ、最も安定した存在だ!」
「あなた方は、彼女を『ヒステリックだ』と嘲笑った。ならば言おう。彼女の流す涙は、あなた方が汚した、この国の未来を憂う、気高き魂の慟哭だ!」
「もし、この国が、その違いを理解できぬほど、盲いているのであれば……!」
カインは、最後の力を振り絞るように、叫んだ。
「この国は、あなた方のような人間が支配するにふさわしい! そして、いずれ、必ずや、滅びるだろう!」
彼の、魂からの叫び。
それは、大謁見の間を、完全に沈黙させた。
宰相の流した毒は、彼の真実の言葉によって、一滴残らず浄化されてしまった。
貴族たちは、もはや、私に、憐れみや侮蔑の目を向けてはいなかった。そこにあるのは、ただ、畏敬の念だけだった。
私は、彼の背中を見つめながら、ただ、涙を流していた。
初めてだった。
私の戦いを、私の苦しみを、私の心を、これほどまでに理解し、そして、守ってくれた人は。
彼こそが、私の、ただ一人の――。
グランヴィル公爵は、その顔を、怒りと屈辱で、鬼のように歪ませていた。
法的にも、論理的にも、そして、今や、人々の心の支持すらも、全てを失った。
国王が、今度こそ、裁定を下すために、玉座から立ち上がった。
「――弟よ。もはや、そなたに、語る言葉は、あるまい」
だが、その瞬間、グランヴィル公爵は、最後の、そして、最悪の手段に打って出た。
「ああ、ないとも! 言葉で語る時代は、終わったのだ!」
彼は、狂ったように絶叫すると、懐から取り出した、黒く禍々しい魔石を、床に叩きつけた!
「我が望みは、この手で掴み取る! この王国と、そして、貴様の心臓と共になっ! ルクレツィアァァァッ!」
彼が叫び終えるのと、謁見の間の床から、不気味な紫色の光を放つ、古代の魔法陣が浮かび上がるのは、同時だった。
最後の戦いの幕が、今、最悪の形で、切って落とされた。
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