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第46話:悪魔の反論と孤立の姫

私が、グランヴィル公爵の最後の悪あがきである「ユリウス黒幕説」を、完璧な論理で打ち破った時、大謁見の間は、水を打ったような静寂に包まれた。

公爵も、そして彼の隣に立つ宰相エルミントも、もはや反論の言葉もなく、ただ顔を青ざめさせている。全ての貴族が、真実を悟ったのだ。


玉座から、国王陛下が、裁定を下すべく、ゆっくりと立ち上がろうとした、その瞬間だった。


「――お待ちください、陛下!」


声を上げたのは、宰相エルミントだった。彼は、グランヴィル公爵の前に進み出ると、悲痛な表情で、しかし、全ての者に聞こえるように、はっきりと告げた。

「この審問、あまりに異常ではございませんか! たった一人の令嬢の言葉に、我ら王国の中枢が、こうも易々と振り回されてよいものか!」

彼は、私を、真っ直ぐに指さした。


「どうか、皆様、ご再考いただきたい! 彼女は、心を病んでおられるのです! 最愛の姉君の悲劇、そして、ご自身の婚約破棄……。その過酷な運命が、彼女の心に、深い影を落としてしまったとしても、誰が彼女を責められましょうか!」


宰相のその言葉を皮切りに、息を吹き返したグランヴィル公爵も、最後の、そして最も卑劣な反撃を開始した。

「そうだ! 彼女の言動は、もはや淑女のそれではない! 男に捨てられた怨恨から、このような壮大な妄想を抱き、国を巻き込んでいるのだ! 憐れむべきは、彼女の方なのですぞ!」


公爵派の貴族たちが、待っていましたとばかりに、その毒を広め始める。

「確かに、最近のルクレツィア様の御振る舞いは、常軌を逸している…」

「そもそも、これほどの陰謀を、うら若きご令嬢お一人の力で見抜けるものか……」

「隣国の王子の、甘い言葉に唆されたのでは……」


私は、反論しようと口を開いた。

「私の精神状態は、この裁判の争点ではございません! 論点は、証拠に基づいた事実です!」

だが、私の声は、彼らが意図的に作り出した「可哀想な女」というレッテルへの同情と、扇動された疑念のさざ波の中に、かき消されていく。


論理が、通じない。

事実が、歪められていく。

検事として、私が最も信じてきた武器が、今、意味をなさない。


宰相は、悲しげに首を横に振った。

「おお、なんとお痛わしい……。もはや、ご自分が何を言っているのかも、お分かりにならないようだ。陛下、これ以上の審問は、彼女の心を、さらに深く傷つけるだけでございます。速やかに、療養の場をお与えになるべきかと……」

その言葉は、私から、この法廷で戦う権利そのものを奪おうとしていた。


私が築き上げた、論理と証拠の完璧な城が、彼らの流した「ヒステリックな女」という、泥のような悪意によって、その土台から、汚されていく。

悔しさに、唇を噛みしめる。

初めて、私は、心の奥底から湧き上がる、無力感に、身を震わせた。

言葉が出てこない、どう戦えば良い。

そう、思った、その時だった。


ゴゴゴゴ……


大謁見の間の、最も奥にある、巨大な扉が、地響きのような、荘厳な音を立てて、ゆっくりと、開き始めた。

全てのざわめきが、全ての視線が、一斉に、その扉へと注がれる。

そして、その向こうから、一つの人影が、現れた。

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