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第42話:開廷、そして最初の証人

国王陛下の「臨時御前会議」が開かれる大謁見の間は、静かな、しかし熱病のような興奮と緊張に満ちていた。

玉座に座す国王陛下を頂点に、王国全土から集められた大貴族たちが、扇状に並んだ席を埋め尽くしている。彼らの視線は、好奇、猜疑、そして敵意となって、ホールの中央に立つ、たった一人の女性に突き刺さっていた。


私、ルクレツィア・バルテルスに。


対面に立つのは、王弟であるグランヴィル公爵。彼の隣には、白髪を綺麗に撫でつけ、常に冷静沈着な、この国の宰相、ロード・エルミントが控えている。宰相自らが公爵の補佐に立つという、その事実自体が、他の貴族たちに無言の圧力をかけていた。


やがて、侍従長が、その杖を床に三度、厳かに打ち鳴らした。

「これより、臨時御前会議を開会する! 国王陛下、ご臨席!」

「議題は、ルクレツィア・バルテルス公爵令嬢より提出されし、グランヴィル公爵殿下に対する弾劾に関する件!」


国王が、重々しく口を開く。

「ルクレツィア。そなたの訴え、この場にて、全ての者の前で述べることを許す」


「は。御前での発言、お許しいただき、感謝申し上げます」

私は、深々と一礼すると、顔を上げた。その手には、この三日間、魂を込めて作り上げた、分厚い弾劾状の巻物が握られている。


私の声は、静かだが、大謁見の間の隅々にまで、凛と響き渡った。

「国王陛下、並びに、アステリア王国を支える貴族の皆様。私が本日、この場に立っておりますのは、個人的な恨みによる復讐を果たすためでも、一族の名誉を取り戻すためでもございません。我が国に巣食い、その根幹を蝕む、大いなる『罪』を告発するためです」


私は、巻物を広げ、検事として、その罪状を一つ一つ、読み上げていく。

「第一。国家反逆罪。被告人グランヴィル公爵は、その野心のため、王家の権威を失墜させ、国を内側から崩壊させようと画策した」

「第二。殺人教唆罪。その計画の過程において、実行犯であった魔術師ヘイワードを、口封じのために暗殺せしめた」

「第三。王家に対する不敬罪。そして、この国の理そのものである『古の盟約』を破り、禁断の力を手にせんとする、神をも恐れぬ大罪……!」


私の告発に、広間が大きくどよめく。

全ての罪状を読み上げ終えた私に、国王が、グランヴィル公爵へと視線を移した。

「――弟よ。申し開きがあるならば、申してみよ」


グランヴィル公爵は、ゆっくりと一歩前へ出ると、嘆かわしい、とでも言うように、わざとらしく首を横に振った。

「陛下、そして皆様。我らは、いつから、一人の小娘が語る、荒唐無稽なおとぎ話に、耳を傾けねばならなくなったのでしょうか」

彼は、私を完全に無視し、周囲の貴族たちに語りかける。

「婚約を破棄され、心を病んだ令嬢が、隣国の王子の甘言に乗せられ、このような茶番を演じている。証拠とされるのは、追放された罪人の戯言のみ。これは、裁判などではない。王家そのものへの侮辱です! 私は、この国の未来を憂い、この不敬なる会議の、即時閉会を要求いたします!」


彼の言葉は、権力者のそれだった。事実ではなく、感情と、政治力で、この場を支配しようとする、傲慢な声。

彼の派閥の貴族たちが、そうだ、そうだ、と頷き始める。このままでは、空気に流されてしまう。


だが、私は、少しも動じなかった。

「陛下」

私は、国王に向き直る。「おとぎ話かどうかは、これから証明いたします。最初の証人の、入廷許可を、お願い申し上げます」


「許す」

国王の短い言葉に、グランヴィル公爵の口元が、嘲笑に歪んだ。どうせ、捕らえられたロデリックでも引きずり出してくるのだろう、と。


だが、私の呼んだ名は、彼の、そして、この場にいる全ての貴族の予想を、完璧に裏切るものだった。


「――最初の証人として、リリアーナ・バルテルス様の御入廷を!」


私の声と共に、大謁見の間の、横の扉が、ゆっくりと開かれる。

そして、そこから、一人の女性が、静かに、しかし、背筋を伸ばして、まっすぐに歩みを進めてきた。

二年間、辺境の修道院で、心を病み、朽ち果てていると、誰もが信じていた、私の姉。リリアーナ・バルテルスその人が。


その姿を認めた瞬間、会場全体から、声にならない、驚愕の息遣いが漏れた。

そして、これまで余裕の笑みを浮かべていた、グランヴィリ公爵の顔から、初めて、色が消えた。

彼の完璧に計算された舞台は、その脚本にない、主役級の役者の登場によって、幕開けと同時に、崩壊を始めていた。

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