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第41話:検事の武器、恋の誓い

臨時御前会議を翌日に控えた作戦室は、静かな、しかし熱を帯びた緊張感に支配されていた。

私は、テーブルいっぱいに広げられた証拠資料の山を前に、最後の詰めを行っていた。その姿は、もはや公爵令嬢のものではない。巨大な悪を断罪せんとする、一人の検事そのものだった。


「姉様。グランヴィル公爵の弁護人は、必ずこう主張してきます。『リリアーナ嬢は、自らの意思で隣国の王子と密会していた』と。あなたの口から、その主張を覆す、具体的な証言が必要です。あの夜の、彼の態度、言葉遣い、目の動き……どんな些細なことでも結構です」

私の問いに、姉は、記憶の糸をたぐるように、静かに語り始めた。

「彼は、終始、笑顔でしたわ。でも、その目は少しも笑っていなかった。まるで、人形でも見るかのような、冷たい……そう、冷たい目をしていたわ」

彼女の生々しい証言が、私の構築する論理に、血と肉を与えていく。


「ユリウス殿下。公爵派の貴族たちの動向は?」

「予想通り、慌ただしく動いているようだ」

報告に来たユリウスは、一枚の羊皮紙を私に渡した。「公爵は、中立派の貴族たちに、個別に接触を図っている。『これは、隣国の王子と組んだ、一公爵令嬢による、王家転覆の企みだ』と、実に巧みな偽情報を流しているらしい」


「結構ですわ」

私は、その報告書を一瞥しただけで、脇に置いた。「彼が何を言おうと、私が覆します。問題は、彼らが提示してくるであろう、“偽りの証拠”です」

これが、検事としての私の真骨頂。相手の出方を読み、その全ての攻撃に対して、あらかじめ反論を用意しておく。私は、公爵が使いそうなあらゆる手札を予測し、その全てを打ち破るための準備を、着々と進めていた。


夜が更け、作戦室の明かりが落とされる。

だが、私の心は、休まることを知らなかった。私は、一人、カインが眠る部屋へと足を運んだ。


彼の顔は、穏やかだったが、その呼吸はまだ浅く、顔色も悪い。薬師たちの懸命な治療が、かろうじて彼の命を繋ぎとめている状態だった。

私は、ベッドのそばの椅子に腰かけ、彼の、力なく投げ出された手を、そっと握った。

あの、私を守ってくれた、大きくて、温かかったはずの手。今は、ひどく冷たい。


「……明日、決戦ですわ、カイン卿」

私は、眠る彼に、囁きかける。

「完璧な弾劾状を書き上げました。全ての証拠を揃え、全ての証人の協力を得ました。論理の上では、決して負けないはずです」

だが、私の声は、わずかに震えていた。

「でも……本当は、あなたが隣にいてくれたら、と……そう、思ってしまうのです」

「少しだけ……怖いのやもしれません」


弱音を吐いたのは、生まれて初めてだったかもしれない。

私は、彼の手に、自分の額を押し付けた。彼から伝わる微かな温もりが、私の恐怖を溶かしていく。


「ですが、私は、もう負けません。あなたが、命を懸けて守ろうとしてくれた、この正義を、私が必ず成し遂げます」

「だから……あなたも、負けないで。必ず、私の元へ帰ってきて」


私は、彼の手に、誓いの口づけを落とした。

それは、私の恋心の、そして、勝利への、固い誓いだった。


部屋を出て、窓の外を見上げる。東の空が、白み始めていた。

私の手には、完成した、分厚い弾劾状の巻物が握られている。

「――準備は、整いましたわ、グランヴィル公爵」

私は、夜明けの光の中で、静かに呟いた。


「さあ、最後の裁判を、始めましょう」

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