表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/54

第4話:偽証の代償

聖女エリアーナの、桜色のくちびるがわずかに開く。

彼女が真実を口にする、まさにその刹那だった。


「待て!」


鋭い声が、二人の間に割って入った。アルフレッド殿下だ。彼はエリアーナの肩を強く抱き寄せ、まるで私から守るかのように、険しい表情で睨みつけてくる。

「エリアーナ様に余計なことを聞くな! 彼女は、お前のせいで心に深い傷を負っているのだぞ! これ以上、彼女を苦しめるな!」


それは、聖女を気遣う恋人の仮面を被った、あからさまな“尋問妨害”だった。

だが、今の私に、そんな見え透いた脅しが通用するはずもなかった。


「殿下」

私は静かに、しかし有無を言わさぬ響きで切り返した。

「私が聞きたいのは、たった一つ。『真実』だけです。あなたが本当に聖女様を想うのであれば、彼女の潔白と名誉を証明する、この機会を奪うべきではありません。それとも、何か……聖女様が真実を語ると、あなたにとって何か不都合なことでもおありで?」


「なっ……!そ、そんなことは断じてない!」


「では、お黙りなさい」


ぴしゃり、と言い放つ。最早、彼に遠慮する必要など微塵もなかった。

王子は「ぐっ」と喉を詰まらせ、反論の言葉を見つけられないでいる。その隙を見逃さず、私は再び、庇護を失った聖女へと向き直った。


「エリアーナ様。お顔を上げてください」

先ほどよりも、さらに優しく、語りかける。怯える小動物を安心させるように。

「私は、あなたを責めるつもりは一切ありません。ただ、あなたが体験した『本当のこと』だけを、教えていただきたいのです」


私の真摯な眼差しに、エリアーナ様の瞳に宿る恐怖の色が、ほんの少しだけ和らいだように見えた。彼女は、王子の顔色を窺うのをやめ、真っ直ぐに私を見つめ返してきた。


「お尋ねします。あなたは、私があなたを突き落とすのを、ご自身の目で、はっきりとご覧になりましたか?」


大広間の誰もが、固唾をのんで彼女の答えを待っていた。

エリアーナは、一度ぎゅっと目を閉じ、そして、か細く、しかし明瞭な声で、ついに真実を口にした。


「……いいえ。見て、いません」


その一言が、全てを決定づけた。

広間が、大きくどよめく。アルフレッド殿下の顔が、蒼白を通り越して土気色に変わる。


エリアーナは、堰を切ったように言葉を続けた。涙を大粒のまま流しながら。

「背中を、誰かにドンと押されたような気がして……気がついたら、私は階段を転げ落ちていました。そして、アルフレッド様が駆け寄ってきてくださって、『ルクレツィアが! なんて酷いことを!』と……。だから、私は、てっきり、ルクレツィア様が……」


そういうことか。

王子による、完璧な「誘導」と「刷り込み」。

悪意のない、純粋な聖女だからこそ、その効果は絶大だったのだろう。


これで、勝負は決した。

私の無実は、完全に証明された。


逃げ場を失ったアルフレッド殿下は、ついに理性のタガが外れた獣のように、絶叫した。

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 悪女めが! 純真な聖女を誑かしおって!」

彼はもはや、論理のかけらもない、ただの罵詈雑言を喚き散らすことしかできなかった。

「ええい、問答無用だ! お前との婚約は破棄だ! 今すぐここから出ていけ! 追放だ!」


権力という、最後の、そして最も野蛮な武器を振りかざす。

だが、その無様な姿は、もはや誰の目にも哀れにしか映らなかった。


そして、その愚かな悪あがきこそが、私が待ち望んでいた、最後の引き金だった。


私は、憐れむような、しかし心の底から冷え切った視線を、かつての婚約者に向ける。


「婚約破棄? 結構です。そのようなもの、こちらから願い下げですので」


「な、んだと……!?」


激昂する王子を無視し、私は一歩、前へ出た。

この茶番の法廷を、私の真の舞台へと変えるために。


「それより、殿下」


間を置く。大広間の全ての視線が、私の唇に注がれるのを感じる。


「先ほどからあなたが繰り返している、その“私が突き落とすのを見た”という証言。神聖なる王城において、王太子という立場にありながら、あなたは虚偽の証言を繰り返している」


私は、この世界に存在しない、だが最も恐ろしい罪の名を、彼に宣告した。


「――あなたのその証言、偽証罪に問われますよ?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ