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第36話:王への嘆願

国王陛下の謁見の間は、恐ろしいほどに静かだった。

巨大な柱が、まるで森の巨木のように天井を支え、磨き抜かれた床には、私の緊張した面持ちがぼんやりと映り込んでいる。この部屋では、いかなる嘘も、虚飾も、全てが見透かされてしまうような、絶対的な圧力が満ちていた。

この謁見に、カイン卿たちの同席は許されない。この戦いは、私一人で臨まなければならない、最初の関門だった。


玉座に座す国王陛下は、表情一つ変えぬまま、私が差し出した嘆願書に目を通している。

やがて、彼はゆっくりと顔を上げた。その瞳は、凪いだ湖面のように静かだが、その底知れぬ深さに、私は息を呑んだ。


「ルクレツィア・バルテルス公爵令嬢。そなたは、我が実弟であるグランヴィル公爵を、国家反逆という大罪で告発している。これは、王国を二分しかねない、あまりに重大な申し立てだ。一体、いかなる根拠があって、そのような嘆願に至った?」


私は、その場で跪くことはせず、ただ、一人の法を信じる者として、まっすぐに王を見据えた。

「陛下。これは、私の個人的な恨みや、家のための復讐ではございません。我が国の、法の根幹に関わる、安全保障の問題です」


私は、検事として法廷に立つように、冷静に、そして論理的に、事件の経緯を語り始めた。

姉リリアーナの不当な追放が、いかにしてバルテルス公爵家の力を削ぐための、計画的な犯行であったか。実行犯であるヘイワードやロデリックが、いかにして公爵の命令で動いていたか。そして、私が手に入れた、動かぬ証拠の数々。

最後に、私は、この事件の本当の恐怖を告げた。


「……そして、グランヴィル公爵の最終目的は、玉座ではございません。彼は、この国の成り立ちそのものである『古の盟約』を破り、その禁断の力を我が物にしようと企んでいるのです。そのために、姉と、そして私の命を……」


私の言葉に、謁見の間の空気が、明らかに変わった。

だが、国王は、それでもまだ、その表情を崩さない。


「そなたの言葉は、熱意に満ちている。だが、証拠とされるものは、 disgraced(不名誉な)魔術師たちの証言と、そなた自身の推論に大きく依存しているのも、また事実」

国王は、政治家としての、冷徹な目を私に向けた。

「我が弟は、力ある大貴族。多くの味方を持つ。公の場で彼を裁こうとすれば、国論は二つに割れ、内乱の火種となりかねん。そなたの求める正義は、その代償に見合うと、本気で申すか?」


それは、私の覚悟を試す、最後の問いだった。

私は、一歩も引かなかった。


「陛下。私が恐れますのは、内乱ではございません。この国から、『法』と『正義』が失われることです。公爵ほどの権力者が、罪を犯しても罰せられないのであれば、この国の法は、もはや死んだも同然。王家の権威も、地に堕ちましょう」

私は、最後の一枚のカードを切った。

「そして何より、彼が『古の盟約』を破れば、この国が享受してきた精霊王の恩寵は、呪いへと変わり果てます。これは、もはや政治闘争ではございません。アステリア王国の、魂の存亡を懸けた戦いなのです」


私は、その場で深く、頭を下げた。

「陛下。私は、個人的な復讐を求めているのではございません。ただ、正義の実現を。あなた様が、そしてあなた様の祖先が、血をもって守り抜いてこられた、この王国の未来のために」


長い、重い沈黙が、謁見の間に落ちた。

国王は、じっと私を見つめている。その瞳の中で、王としての打算と、一人の父としての苦悩が、激しくせめぎ合っているのが分かった。


やがて、国王は、ゆっくりと玉座から立ち上がった。

その荘厳な姿に、私は息を呑む。


「……よかろう、ルクレツィア・バルテルス。そなたの覚悟、確かに聞き届けた」

彼は、傍に控えていた侍従長に、厳かに命じた。

「布告を出せ。三日の後、大謁見の間にて、臨時御前会議を執り行う。全ての貴族の長は、遅滞なく参集せよ、と。我が弟、グランヴィルにも、その罪状について申し開きをさせるため、召喚状を送れ」


国王は、再び私に向き直る。その目は、慈悲深くも、どこまでも厳しかった。

「そなたは、望み通り、最高の舞台を手に入れた。だが、忘れるな。もし、そなたが彼の罪を証明できなんだ時、その全ての責めは、そなたと、そなたの家門、ただ一つに降りかかるであろうことを」


「……拝承、いたしました」

その重い覚悟を胸に、私は、静かに頭を下げた。

もう、後戻りはできない。最後の戦いの幕が、今、公式に上がったのだ。

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