第34話:再会と新たなる決意
国境を越えた先にある、ユリウス王子が手配した堅牢な山荘。
そこで私たちは、この数日間で初めて、心からの安堵を味わっていた。
温かい食事、清潔な寝台、そして何より、追手のいない静寂。カイン卿の部下たちは、薬師の手当てを受け、深い眠りについている。
「リリアーナ様。ご無事で、何よりです」
暖炉の火が揺れる部屋で、カイン卿が、改めてリリアーナに頭を下げた。彼の声には、任務をやり遂げた騎士としての、誇らしい響きがあった。
「いいえ、カイン様。あなたと、あなたの勇敢な部下たちのおかげですわ」
リリアーナは、穏やかな笑みを浮かべた。その表情は、修道院で会った時のような、諦観に満ちたものではない。希望の光を取り戻した、強く美しい女性の顔だった。
「そして何より……私を信じ、あなたを遣わしてくれた、たった一人の妹のおかげです」
***
「――目標の身柄、確保。リリアーナ様は、現在、我が国の保護下にあります」
王都の作戦室で、通信水晶から響いたその報告に、私は、張り詰めていた全ての糸が切れるのを感じた。
「……ああ……」
安堵のあまり、身体がよろめく。その肩を、隣にいたユリウス王子が、そっと支えた。
「見事なものだな、ルクレツィア嬢。君の描いた盤上の筋書きは、完璧だった」
彼の声に、私はかろうじて顔を上げた。瞳からは、自分でも気づかぬうちに、涙がとめどなく溢れていた。
「ありがとうございます、ユリウス殿下。このご恩は、決して忘れはしません」
「恩、か。それは、いずれたっぷりと返してもらうとしよう」
ユリウスは、悪戯っぽく笑うと、言った。「姉君との再会の準備は、すでに整えてある。誰にも邪魔されぬよう、離宮の一つを借り受けた」
***
その翌日。
離宮の客室で、私は、逸る気持ちを抑えながら、その時を待っていた。
やがて、扉が静かに開かれ、一人の女性が入ってくる。
二年ぶりに見る、姉の姿。やつれてはいるが、その気高い美しさは、少しも損なわれてはいなかった。
「……リリアーナ姉様」
「ルクレツィア……」
どちらからともなく、私たちは歩み寄り、そして、強く、強く抱きしめ合った。
言葉は、いらなかった。失われた二年という時間と、互いを想う気持ちが、温かい涙となって、ただただ流れていった。
しばらくして、落ち着きを取り戻した私たちは、ソファに並んで腰掛け、これまでのことを語り合った。
一通り話し終えた後、姉は、私の手を握り、慈しむような目で見つめてきた。
「あなたを救い出してくれた騎士様……サー・カイン。とても、誠実で、強い方ね」
「ええ。彼がいなければ、今回の作戦は……」
「そして」と、姉は私の言葉を遮り、楽しそうに続けた。
「あの方は、あなたの話をなさる時、とても優しい顔をなさいますわよ」
「姉様!」
図星を突かれ、私の顔に熱が集まる。
「か、彼は、ただの補佐役ですわ! 忠実な騎士で……!」
「そうなの?」
姉は、くすくすと笑った。「ルクレツィア。二年間、私はただ耐え、生き延びることだけを考えてきたわ。でも、あなたは違う。あなたは、戦うことができる。ならば、戦いなさい。私の名誉のためだけでなく……あなた自身の、幸せのためにもね」
姉の言葉が、私の心の中の、最後の躊躇いを溶かしていく。
そうだ。私が欲しいのは、ただ事件の真相だけではない。
私は、決意を新たに、部屋を出た。扉の外で、カイン卿が、心配そうな顔で控えている。私は、彼に、これまでのどんな時よりも、強く、そして温かい決意を込めた視線を送ると、まっすぐにユリウスが待つ作戦室へと向かった。
「ユリウス殿下」
地図を広げていた彼に、私は、鋼のように冷たく、そして澄んだ声で告げた。
「姉は、無事です。守りの時間は、終わりました」
私は、地図の上に描かれた、グランヴィル公爵の領地を、指先で強く叩いた。
「これより、反撃を開始します。あの男の罪を白日の下に晒し、その評判と権力を完全に“処刑”する、最後の芝居の準備を」
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