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第25話:命を懸けた伝言

尋問室の空気は、ロデリックの告白によって、もはやただ冷たいだけではなかった。それは、死の匂いがする、濃密な闇へと変わっていた。

カイン卿は、激しい怒りでロデリックの胸倉を掴んだまま、その拳をわなわなと震わせている。


「カイン卿」

私が、その腕にそっと手を触れると、彼ははっとしたように私を見た。その瞳には、私に向けられた、痛ましいほどの庇護欲が燃えている。

「……放しなさい。彼は、まだ利用価値のある、重要な証人ですわ」


私の冷静な声に、彼はゆっくりと、しかし未だ怒りの収まらぬ様子でロデリックを解放した。

私は、震えを押し殺し、思考を巡らせる。姉の、そして私自身の命が、儀式の生贄として狙われている。もはや一刻の猶予もなかった。


「時間がありません」

私は、カイン卿とユリウス王子に向き直った。「グランヴィル公爵が、いつ姉に手を伸ばすか分からない。彼が次の行動を起こす前に、姉を保護しなければなりません」


「俺が行きます」

即座に、カイン卿が申し出た。「私の最速の部下を数名連れ、昼夜を問わず馬を走らせる。必ず、リリアーナ様を安全に連れ戻してみせる」

それは、彼の騎士としての、そして一人の男としての、決意の表明だった。


だが、その直線的な案を、ユリウス王子が静かに制した。

「それは、あまりに目立つ。公爵は、必ず修道院の周囲に監視を置いているはずだ。アステリア王国の騎士団が公然と動けば、こちらの意図を知らせるようなもの。下手をすれば、それを合図に姉君の身柄を奪いに来るだろう」

彼の指摘は、的確だった。


「では、どうすると言うのだ!」とカイン卿が苛立ちを隠さずに問う。


「“静か”に、事を運ぶのさ」

ユリウスは、自信に満ちた笑みを浮かべた。「私の配下の者たちを、商人や巡礼者に変装させ、修道院の周辺に送り込む。まず、彼らで公爵の監視役を特定し、無力化する。そして、別の場所で陽動を起こし、完璧な安全が確保された上で、姉君を“救出”する」


二つの正論が、火花を散らす。

力と速さで正面から突破しようとするカイン卿。

情報と策略で、静かに目的を遂げようとするユリウス王子。

そして、その二つの案を、私は検事として「併合」することに決めた。


「……両方、使わせていただきますわ」

私の言葉に、二人が私を見る。

「ユリウス殿下、あなたの部隊に、周辺の制圧と陽動をお願いします。完璧な舞台を整えてください。そして、カイン卿。あなたには、少数精鋭の部隊を率いていただきます。ただし、騎士としてではなく、ユリウス殿下が用意した陽動に乗じて潜入する、一介の傭兵として」

私の裁定に、二人はもはや反論しなかった。


***


出発の準備を整えたカイン卿が、宿舎の裏口で馬の様子を確かめていた。

私は、彼の元へと駆け寄る。


「カイン卿」

私は、自分の胸元に付けていた、バルテルス公爵家の小さな銀のブローチを外し、彼に手渡した。

「これを……姉に渡してください。そして、伝えて。必ず私が迎えに行く、あなたは一人ではない、と」


彼が、そのブローチを、まるで大切な宝物のように受け取る。その指先が、私の指に触れた。ただそれだけで、心臓が大きく跳ねた。


「ルクレツィア様」

彼は、私の名を呼んだ。いつになく、真剣な声で。

「必ず、リリアーナ様をお連れします。この命に、誓って」


「ええ、信じています」

私は、必死で涙を堪え、彼に一つの命令を下した。

「ですが、あなたも必ず、無事に戻ってきてください。……これは、命令ですわ」


私の声が、わずかに震えた。

カイン卿は、そんな私の瞳をじっと見つめ、そして、ほんのわずかに、その口元を緩めた。それは、いつもの皮肉な笑みとは違う、とても穏やかな微笑みだった。


「――御意。必ず」


短い言葉に、彼の全ての決意が込められていた。

彼は、馬に飛び乗ると、一度も振り返ることなく、夜の闇へと駆け出していった。


一人残された私の隣に、いつの間にかユリウス王子が立っていた。

「実に、忠実な騎士だ。だが、その忠誠心が、命取りにならねば良いがな」

彼の言葉は、気遣いのようでもあり、冷徹な分析のようでもあった。


私は、カインが消えていった闇から目を逸らし、決意を新たに彼に向き直る。

「さあ、私たちも始めましょう、ユリウス殿下。彼が帰ってくる場所を、安全な国にしておかなければ」


ゲームのルールは、変わった。

これはもう、単なる冤罪事件の証明ではない。

愛する姉と、そして、私の心を乱すただ一人の騎士の命運を懸けた、時間との戦いなのだ。

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