第24話:古の盟約と心臓の鍵
作戦は成功に終わった。だが、祝杯をあげるような空気は、私たちの間にはなかった。
ユリウス王子の宿舎の地下尋問室。ロデリックの残した「古の盟約」という不気味な言葉が、重く響き渡っていた。
テーブルを挟み、私は再び、捕縛されたロデリックと向き合う。
「さて、ロデリック卿。おとぎ話の続きを聞かせていただきましょうか。『古の盟約』とは何ですの? あなたがたの本当の目的を、詳しくお話しなさい」
ロデリックは、鎖に繋がれながらも、まだ不遜な笑みを浮かべていた。
「ククク……お前たちのような若造に話したところで、何が分かる。それは、この国の成り立ちそのものに関わる、禁断の知識だ」
「禁断、ですか」
私は、彼のその言葉を、静かに否定した。
「『古の盟約』。それは、建国時に我らが初代国王が、この土地を古くから支配していた大いなる精霊王と交わした契約。王家がこの土地を治めることを精霊王が許可する代わりに、王家は盟約を遵守し、その強大な力を決して私用しない、と誓ったもの。違いますこと?」
私の言葉に、ロデリックの顔から、初めて笑みが消えた。
「な……なぜ、お前がそこまで知っている……!? それは、王家と、バルテルス公爵家の長子にしか伝えられないはずの……」
「私の家の書庫を、あなたは見くびりすぎですわ」
私は、彼の動揺を見逃さず、畳み掛ける。
「グランヴィル公爵は、その盟約を破り、精霊の強大な力を独占しようとしているのではありませんか? そして、そのためには“鍵”が必要だと。その“鍵”こそが、我がバルテルス公爵家に代々受け継がれてきたもの。だから、姉を、そして私を排除しようとした!」
追い詰められたロデリックは、ついに観念したかのように、狂的な光を瞳に宿して、真相を語り始めた。
「そうだ……! その通りだ! グランヴィル公爵閣下こそ、惰眠を貪る現王家に代わり、この国の真の支配者となるお方だ! そのためには、盟約を書き換え、精霊王の無限の力を我が物とする必要がある!」
彼の声が、興奮に震える。
「そして、そのための“鍵”は……」
ロデリックは、まるで恍惚とするかのように、私を見つめて言った。
「バルテルス公爵家の血を引く、清らかな乙女の**『心臓』**そのものだと、古文書には記されている……!」
心臓。
その一言が、部屋の空気を凍りつかせた。
隣に立っていたカイン卿が、激昂し、ロデリックの胸倉を掴み上げた。
「貴様ら……! そんな、おぞましいことのために、リリアーナ様を、そしてルクレツィア様までをも生贄にしようとしたのか!」
ユリウス王子も、その表情からいつもの余裕を消し、冷徹な目でロデリックを射抜いていた。
「……話が、我々の想定を遥かに超えてきたな」
私は、自分自身の命が、儀式の生贄として狙われているという事実に、全身の血が逆流するかのような恐怖を感じていた。
だが、それ以上に、姉もまた、同じ危険に晒されているという事実が、私に戦う覚悟を決めさせた。
私は、震えを押し殺し、検事としての顔つきに戻る。
「つまり、グランヴィル公爵は、今も私自身の命を狙っている、ということ。そして……辺境の修道院にいる姉もまた、危険な状態にある」
事件の全貌が明らかになると同時に、私と姉に、より直接的で、より深刻な危機が迫っていることが判明した。
もはや、これは単なる冤罪事件の調査ではない。
私自身の、そして、愛する姉の命を懸けた、戦いなのだ。




