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第22話:仕掛けられた蜘蛛の巣

ユリウス王子の宿舎での「同盟」締結から一夜。

私たちの計画は、三者三様の形で、しかし一つの目的に向かって恐るべき速さで動き始めていた。


ユリウスは、彼の持つ広範な情報網を駆使し、城内の様々な場所に蜘蛛の糸を張り巡らせていた。おしゃべりな侍女には「ルクレツィア様が、隣国との密約を任されたらしい」と、野心家の若い貴族には「次の権力はバルテルス公爵家が握る」と。真実と嘘を巧みに織り交ぜた噂が、城という名の盤上に効果的に配置されていく。


カイン卿は、来るべき「その時」のために、物理的な準備を着々と進めていた。宮廷魔術師長のダリウス卿から、国王陛下の勅命を盾に、最新式の「記憶の水晶」を複数借り受ける。それは、犯行の全てを記録する、検察側の「目」となる重要な証拠品だ。


そして私は――特務調査室で、一枚の羊皮紙に向き合っていた。

そこには、こう記されている。


【被疑者:グランヴィル・フォン・アステリア公爵】

【罪状:国家反逆罪(予備)、殺人教唆罪(未遂)、王家に対する不敬罪……】


「……これは?」

準備を終えたカイン卿が、私の手元を覗き込み、訝しげに尋ねた。


「最終的に、彼を裁きの場に引きずり出すための『武器』ですわ」

私はペンを置き、彼に向き直る。「感情論で『彼が黒幕だ』と叫んでも、他の貴族は動きません。ですが、こうして罪状を法的に構成し、一つ一つの証拠を突きつければ、彼らはもう反論できなくなる。これは、私が戦うための、検事としてのやり方ですの」

常に最終的な「公判」を見据え、法と事実で敵の逃げ道を塞ぐ。その思考プロセスこそが、私の最大の武器だった。


そこへ、カイン卿の部下の一人が、一枚の羊皮紙を持って駆け込んできた。

「カイン様、ルクレツィア様! ターゲットであるロデリックの過去の悪行に関する証拠が掴めました! これは、彼が賭博で作った多額の借金の借用書です。これで奴を脅せば、何でも話すはず!」

息巻く部下に、カイン卿も「よくやった!」と目を輝かせた。


だが、私はその借用書を一瞥すると、静かに首を横に振った。

「ありがとうございます。ですが、これはまだ使えません」


「な、なぜです!?」


「この証拠は、彼の素行の悪さを証明する『情状証拠』にはなりますが、今回の姉の事件に関する『直接証拠』にはなり得ません。これを突きつければ、彼は我々の手の内を探るため、あるいは罪を軽くするため、嘘の自白をする可能性が極めて高い。証拠の価値と、それを使うタイミングは、慎重に見極めなければ、逆にこちらの首を絞めることになります」


私の検事としての冷静な指摘に、カイン卿ははっとしたように目を見開き、そして深く頷いた。彼は、私がただ「賢い」だけでなく、全く違う次元で物事を捉えていることに、改めて気づいたようだった。


そんなある日の午後。城の渡り廊下で、カイン卿が私の前に立った。

「……あなたの噂で持ちきりですね。あまり、他の男に隙を見せないでください」

その声には、心配と、そして彼自身も気づいていないであろう、独占欲の色が混じっていた。


「あら、やきもちですの?」

私がからかうと、彼は「違う!」とムキになって否定する。その不器用な姿に、私の胸の奥が温かくなるのを感じた。


その時だった。

ユリウスの部下と、カイン卿の部下が、同時に私たちの元へ駆け寄ってきた。二人は、それぞれの主人に、ほとんど同じ内容の報告を告げた。


「グランヴィル公爵に動きが! 部下のロデリックに、密命が下った模様です!」

「ロデリックが、城の西にある離宮の使用許可を申請しました! ……そこは、二年前、リリアーナ様が呼び出された場所と、同じです!」


全てのピースが、はまった。

蜘蛛の巣に、獲物が自ら足を踏み入れたのだ。

私は、これから始まる大勝負を前に、検事としての冷徹な笑みを浮かべた。


「上出来ですわ。さあ、皆様。舞台の幕を、開けましょう」

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