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第21話:蜘蛛の巣の設計図と騎士の誓い

「――今度は、私が“お姫様”の役を演じますのよ」


私のその一言で、ユリウス王子の執務室の空気が凍りついた。

最初に沈黙を破ったのは、やはりカイン卿だった。彼は、椅子を蹴るように立ち上がると、これまで聞いたこともないような強い声で、私に詰め寄った。


「冗談ではない! あなた様ご自身を、危険な囮にするなど、絶対に許可できません!」

彼の瞳には、純粋な怒りと、そして数日前の出来事をなぞるような、生々しい恐怖の色が浮かんでいた。

「先日のように、またあなたの身に何かあったらどうするのですか! 俺の仕事は、あなたを守ることだ。自ら虎の穴に飛び込むような真似を、見過ごせるわけがない!」


彼の感情的なまでの反対は、私の心を温かくすると同時に、少しだけ痛ませた。彼の言葉が、騎士としての忠誠心だけでなく、もっと個人的な、私自身を案じる気持ちから来ていることが、痛いほど伝わってくる。


「カイン卿、あなたの忠義には心から感謝します」

私は、彼の燃えるような赤い瞳を冷静に見つめ返した。

「あなたの気持ちを無視して、危険に飛び込みたいわけではありません。ですが、聞いてください。これが、最も確実で、そして最も犠牲の少ない方法なのです」


私は、二人の男を前に、頭の中に描き上げた、完璧な「おとり捜査」の設計図を広げてみせた。

隣国の貴族を駒として使い、グランヴィル公爵を罠に誘い込む計画。偽の噂を流し、ターゲットを私に絞らせること。そして、全てをこちらの管理下に置いた「舞台」の上で、犯行の現場を押さえること。

その計画の緻密さと合理性に、カイン卿は反論の言葉を失い、ぐっと唇を噛んだ。


その様子を見ていたユリウス王子が、面白そうに手を叩いた。

「素晴らしい。実に面白い! まるで、獲物を待たずして、蜘蛛が自ら獲物の元へと巣を張りにいくようなものだ。気に入った、その作戦、全面的に協力しよう」

彼の賛同が、カイン卿の立場をさらに苦しくさせる。


カイン卿は、それでもまだ納得できない、というように、苦悶の表情を浮かべていた。

「……計画は、理解しました。ですが、それでも、万が一ということがある。俺は、あなたに二度とあのような危険な思いをさせたくない」


その揺れる瞳を見て、私は、彼の前に一歩、歩み寄った。

そして、作戦を説明した時とは違う、ただ一人の人間として、彼に語りかける。

私の声が、少しだけ震えたかもしれない。


「大丈夫ですわ、カイン卿」


私は、ほんの少しだけ照れながらも、彼への心からの信頼を込めて、その瞳を真っ直ぐに見つめた。


「私の背中は、あなたが守ってくださるのでしょう?」


その言葉は、どんな論理的な説得よりも、彼の心の最も柔らかい場所に届いたようだった。

カイン卿は、はっと息を呑み、その赤い瞳を大きく見開いた。そして、まるで忠誠を誓う騎士のように、深く、深く頷いた。

「……御意。この命に代えても」


その声に宿る熱が、もはや単なる騎士の忠誠心ではないことを、私はもう、気づかないふりはできなかった。私の胸の奥で、またあの「名前のない感情」が、温かく騒ぎ出す。


その二人のやり取りを、ユリウス王子が、肘掛けに頬杖をつきながら、実に興味深そうに観察していた。

「……なるほどな」

彼の唇から漏れた意味深な呟きに、私たちが気づくことはなかった。


三者三様の思惑が交錯する中で、作戦の合意が形成される。

私は、これから始まる大芝居の主役として、そして彼の信頼に応えるため、静かに覚悟を決めた。


「さあ、始めましょうか。蜘蛛の巣に、愚かな獲物がかかるのを、楽しみに待つとしますか」

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