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第2話:検事、尋問を開始する

私の声は、思った以上に静かに、そして明瞭に大広間の隅々まで響き渡った。

「――これより、被告人ルクレツィアの最終弁論を、始めます」


水を打ったような静寂。

先ほどまで私を嘲笑し、蔑んでいた貴族たちは、皆一様に呆気に取られた顔で私を見ている。まるで、喋るはずのない肖像画が、突如として声を発したかのような、そんな戸惑いと不信の色が彼らの目に浮かんでいた。


最初に我に返ったのは、やはりアルフレッド殿下だった。彼は眉を吊り上げ、侮蔑を隠そうともせずに言い放つ。

「最終弁論、だと? 気でも狂ったか、ルクレツィア! 罪人が、何を臆面もなく!」


「罪人、ですか」

私は静かに首を横に振った。

「その認定は、少々早計に過ぎます、殿下。いえ、この場においては“告発者”殿、とお呼びすべきでしょうか」


「な……!」

アルフレッド殿下は、言葉を失う。おそらく、彼の人生において、誰かにここまで真正面から反論された経験など、一度もなかったのだろう。


私は構わず、続けた。

「そもそも、この場は一体何なのでしょう。正式な裁判手続きを経た法廷ではありませんよね? 私には弁護人を選任する権利も、告発内容に対する十分な反論準備期間も与えられていない。証拠は事前に開示されるべきですし、何より、告発者が同時に断罪者として振る舞うなど、近代的な法治国家においては到底考えられない、極めて異常な事態です」


「きんだい……ほうちこっか……?」

殿下の口から、鸚鵡返しに間の抜けた言葉が漏れる。周囲の貴族たちも「何を言っているんだ、この女は」と顔を見合わせている。当然の反応だ。このアステリア王国に、私の言うような法体系など存在しないのだから。


だが、それでいい。私の目的は、彼らに法学概論を講義することではない。

この場の空気を支配し、彼らが当然だと思っている「常識」を、根底から揺さぶることだ。


「まあ、結構です」

私は、わざとらしく一つため息をついてみせた。

「この場が、法に基づかない前近代的な糾弾の場、いわば“魔女裁判”の類であることは理解いたしました。では、郷に入っては郷に従いましょう。この魔女裁判のルールに則り、いくつか事実確認をさせていただいてもよろしいですね?」


その挑発的な物言いに、アルフレッド殿下の顔が怒りで赤く染まる。

「どこまでも……私を愚弄する気か! いいだろう、言わせておけ! お前の罪は、私がこの目で見た明白な事実なのだからな!」


「ありがとうございます」

私は優雅に微笑み、カーテシーにも似た礼をした。

「では、始めましょう。告発者殿、あなたの主張する私の罪状は、大きく分けて二つ。一つ、聖女エリアーナ様を階段から突き落とした傷害罪。一つ、彼女に呪いをかけたとされる名誉棄損、あるいはそれに類する罪。まずは前者、傷害罪についてから明らかにしていきましょう」


私は、ゆっくりとアルフレッド殿下に向き直った。

検事・天堂澪として、幾度となく対峙してきた、被疑者を見る目つきで。


「第一。犯行の正確な時刻と場所をお答えください。具体的に、この王城のどの階段で、本日何時何分頃のことだったのか。可能な限り、正確にお願いします」


「なっ……!」

それは、予想だにしなかった質問だったのだろう。殿下は一瞬、言葉に詰まった。

「そ、そんなもの……今日の昼過ぎだ! 場所は、西塔にある螺旋階段だった!」


「昼過ぎ、ですか。ずいぶんと曖昧な表現ですね。まあ、今はそれで良いでしょう」

私は内心で、彼の証言の曖昧さを記録する。パニックになった人間は、具体的な数字を咄嗟に偽ることが難しい。


私は間髪入れずに、次の尋問に移った。

広間の隅で、腕を組み、面白そうに成り行きを見守る一人の騎士の視線を感じながら。赤髪のその男、確か騎士団で特務調査室とやらを率いているカイン・アシュベリー卿。他の貴族たちとは明らかに違う、冷静な観察者の目が、少しだけ気になった。


だが、今は集中すべき時だ。


「第二の質問です、殿下」

私の声が、再び静まり返った広間に響く。

「その犯行の瞬間、目撃者は殿下、あなたお一人だったのでしょうか?」


「そ、そうだ! 私がいたからこそ、エリアーナ様は命拾いされたのだ!」

殿下は、胸を張って答える。それが、自分にとって最も都合の良い答えだと信じて疑っていない顔だ。


だが、それこそが、私が待ち望んでいた答えだった。


「なるほど」

私は頷き、そして決定的な問いを投げかける。


「聖女様の悲鳴を聞いた者や、私がその場から慌てて走り去るのを見た、というような第三者はおりませんか? 誰一人として、です」


「ぐっ……」

アルフレッド殿下の顔から、血の気が引いた。

そうだ。もし本当にそんな事件があったのなら、ただ一人の目撃者しかいない、などという状況は、あまりにも不自然なのだ。


彼の答えは、なかった。

それが何よりの、答えだった。

大広間の空気が、今、確かに変わったのを、私は肌で感じていた。

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