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第19話:危険な同盟

ユリウス王子の提案は、事実上の命令だった。

私と、傷を負ったカイン卿は、彼の用意した隣国の紋章入りの馬車に乗せられ、王都の一等地に構えられた彼の宿舎――事実上の特命大使館へと運ばれた。


馬車の中は、重苦しい沈黙に支配されていた。

カイン卿は、腕の傷の痛みと、目の前の男へのあからさまな敵意で、不機嫌を隠そうともしない。対するユリウス王子は、そんな二人を実に楽しそうに観察している。この状況を、まるでチェスの盤面でも眺めるかのように。


宿舎に到着するなり、ユリウス王子は待機していた薬師にカイン卿の手当てを命じた。

「結構だ。この程度の傷、自分で…」

「アシュベリー卿」

私が、有無を言わさぬ声で遮る。「これは命令です。あなたの万全なきは、私の不利益に繋がる。速やかに治療を受けなさい」


私の言葉には、彼の身を案じる気持ちが、自分でも驚くほど滲んでいた。カイン卿は、一瞬だけ私と目を合わせると、何も言わずに渋々薬師の治療室へと向かった。


そして、応接室には、私とユリウス王子の二人が残された。


「忠犬君は、ずいぶんと君に懐いているようだね」

ユリウス王子は、上質な葡萄酒ワインをグラスに注ぎながら、探るように言った。

「さて、本題に入ろうか。君も知りたいだろう? なぜ私が、我が国の敵であるはずのグランヴィル公爵の動向を探っているのか」


彼は、私が尋ねる前に、自らの目的を語り始めた。

「グランヴィル公は、過激な排外主義者だ。彼の存在は、アステリア王国と我が国の間に、不要な火種を生む。私は、彼の力を削ぎ、両国の平和を安定させたい。そのための証拠を集めている」

もっともらしい大義名分。だが、彼の瞳の奥は笑っていなかった。


「君の姉君、リリアーナ嬢の事件も、彼が我が国の王子を利用して仕組んだ罠であることは、とうに掴んでいた。ヘイワードという駒の存在もね。君が彼に接触するところまでは、私の筋書き通りだったのだが……まさか、こうも早く消されるとは、少々計算外だった」


彼の言葉に、私は背筋が凍るのを感じた。私の動きは、全て彼に読まれていたというのか。

だが、ここで彼のペースに飲まれるわけにはいかない。


「では、なぜ今まで動かなかったのですか?」

私は、冷静に切り返した。「なぜ、姉が不当に追放されるのを、ただ見過ごしていたのですか? あなたが本当に両国の平和を願うのであれば、もっと早く介入できたはず」


そして、私は最後の一枚のカードを切った。

「あなたは、私を助けたのではありませんわ。あなたの計画が台無しになるのを防いだだけ。そして、私が命がけで手に入れた、あの『証拠の水晶』が欲しい。違いますか?」


私の看破に、ユリウス王子は一瞬、紫水晶の瞳を見開いた。

だが、次の瞬間、彼は声を上げて笑い出した。心の底から、愉快でたまらない、というように。


「はっ、ははは! 素晴らしい! 実に素晴らしいな、ルクレツィア嬢! 君は私の想像を、遥かに超える逸材だ!」


ちょうどその時、治療を終えたカイン卿が部屋に入ってきた。彼が、私とユリウス王子の間に流れる、ただならぬ空気を察知し、鋭い視線を送ってくる。


ユリウス王子は、立ち上がると、高らかに宣言した。

「決まりだ。我々は、グランヴィル公爵を失脚させるという共通の目的のために、ここに“同盟”を結ぼう」


彼は、私を見て、そしてカイン卿を見る。

「君のその類まれな知性。私の持つ情報網と、隣国の王子という権力。そして――」

ユリウスの視線が、カイン卿に注がれる。

「そこの忠犬君の、鋭い牙。全てを合わせれば、不可能はない。そうだろう?」


それは、あまりにも危険で、危ういバランスの上に成り立つ協力関係の始まりだった。

私の知性。カインの忠誠。そして、ユリウスの野心。

三人の思惑が渦巻く中で、事件は新たな、そしてより巨大な局面へと、否応なく突き進んでいく。

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