第18話:招かれざる救世主
暗殺者の刃が、無慈悲に振り下ろされる。
もう、避けられない――。
私が死を覚悟し、固く目を閉じた、その瞬間だった。
キィンッ!
甲高い金属音と共に、私のすぐそばで火花が散った。
恐る恐る目を開けると、暗殺者の剣が、ありえない角度で弾き飛ばされている。その手首には、どこからともなく飛んできた一本の、見慣れぬ意匠の銀のナイフが深々と突き刺さっていた。
「ぐっ……!?」
暗殺者が驚愕の声を上げる。
それは、私やカイン卿だけではない。屋根の上にいた他の暗殺者たちも、予期せぬ妨害に動きを止めていた。
静まり返った広場に、まるで芝居の台詞のように、飄々とした声が響き渡った。
「やれやれ。我らがアステリア王国の“法の女神”殿に、傷一つでもつけてもらっては困るんでね」
その声に、全員の視線が一斉に広場の入り口へと注がれる。
闇の中から、月光に照らされて姿を現したのは、数人の屈強な護衛を伴った、一人の青年だった。夜のように深い青の外套。銀細工の美しい装飾剣。そして、全てを見透かすような、怜悧な紫水晶の瞳。
その顔には、見覚えがあった。各国の王族が集まる式典で、遠目に見たことがある。
「隣国の……ユリウス王子……!」
私が驚愕に目を見開くのと、カイン卿が警戒に満ちた声で唸ったのは、ほぼ同時だった。
「ごきげんよう、ルクレツィア嬢。少々、招かれざる客だったかな?」
ユリウス王子は、優雅に微笑むと、彼の護衛たちに顎でしゃくった。
「――さて、掃除の時間だ。一匹たりとも、逃がすなよ」
その言葉を合図に、ユリウス王子の護衛たちが、悪夢のような強さで暗殺者たちに襲いかかった。彼らの動きは、カイン卿に勝るとも劣らない。いや、連携という点においては、それ以上かもしれない。
形勢が完全に逆転したことを悟った暗殺者たちは、任務の失敗を悟り、一斉に煙幕を投げつけた。視界が真っ白になったのも束の間、煙が晴れた時には、そこにはもう誰の姿も残っていなかった。
広場に残されたのは、倒れたヘイワードの亡骸と、私たち、そして謎の救世主であるユリウス王子の一団だけだった。
「ご無事かな? 噂には聞いていたが、これほど無鉄砲なお方だったとは、想像以上だ」
ユリウス王子は、まるで旧知の仲のように、親しげに私に話しかけながら近づいてくる。
その前に、カイン卿が、傷ついた腕を押さえながら立ちはだかった。その瞳には、隣国の王子に対する明確な敵意と、私に向けられる彼の親密さへの、隠しようもない苛立ちが宿っていた。
「ユリウス殿下。なぜ、貴殿がこのような場所に?」
「おや、これは手負いの忠犬君か」
ユリウスは、カイン卿を鼻で笑うと、私に向き直った。
「面白い駒が動くと聞いてね。どうやら君と私は、同じものに興味があった、というわけだ。共通の敵がいる、と言ってもいい」
彼の言葉は、彼もまた、グランヴィル公爵の動向を探っていることを示唆していた。
私が、彼の真意を測りかねて黙っていると、ユリウスは私の視線を追い、カイン卿の腕の傷に目をやった。
「ふむ。その忠犬君は、少々手当てが必要なようだね。……ちょうどいい。私の宿舎で、最高の薬師に治療をさせてやろう。もちろん、君の話も、そこでゆっくりと聞かせてもらいたい。我々は“協力”できるはずだ。そうだろう?」
それは、拒否を許さない、王族ならではの巧みな提案だった。
騎士として、そして一人の男として、鋭い警戒心を放つカイン。
全てを計算し、余裕の笑みで私を手中に収めようとする、隣国の王子ユリウス。
二人の有力な男に挟まれ、私の事件は、私自身の思惑を遥かに超えた、新たな局面へと突入しようとしていた。
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