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第14話:使い捨ての駒

アンナを聖女エリアーナが手配した教会の保護施設へと無事に送り届けた翌朝。

特務調査室の窓から差し込む朝日が、床に散らばった資料の山を照らしていた。私は、机の上に広げた巨大な羊皮紙に、アンナの証言と公式記録を元にした事件の相関図を描き出す作業に没頭していた。徹夜だったが、思考はむしろ冴え渡っている。真実に近づいているという興奮が、疲労を忘れさせていた。


「――やはり、徹夜ですか。倒れられては、俺が陛下に叱られますよ」


不意にかけられた声に顔を上げると、カイン卿が呆れたような顔で立っていた。その手には、湯気の立つカップと、焼きたてのパンが乗った皿がある。


「……気が利きますのね、アシュベリー卿」

「これでも、あなたの補佐役を拝命していますので」


彼はそう言うと、コーヒーの入ったカップを私の前に置いた。温かい香りが、張り詰めていた神経をふわりと解きほぐしていく。こういう、ぶっきらぼうだが的確な気遣いが、少しだけ心臓に悪い。


私は気を取り直して、尋ねた。

「それで、収穫はありましたの?」


「ええ。思ったより早いお目覚めでしたよ」

カイン卿は、私の向かいに座ると、調査報告書を差し出した。

「姉君を呼び出したという宮廷魔術師。名前はヘイワード。当時、宮廷に所属していましたが、才能はあるものの、賭博と酒に溺れる素行不良で有名だった男です」


報告書に目を通しながら、私は彼の説明に耳を傾ける。

「そして、ここが重要ですが……リリアーナ様の事件の直後、彼は『多額の褒賞金』という名目で大金を受け取り、宮廷を自主的に退職しています」


「なるほど。口止め料と、厄介払いを兼ねて、というわけですわね」


「その通り。そして、その後の彼の人生は、実に転がるように早い」

カイン卿は、少しだけ楽しそうに続けた。

「彼はその金で、王都の歓楽街で派手な生活を始めましたが……元来のギャンブル好きがたたり、たった二年で全財産を使い果たした。今では、複数の闇金業者から追われる、哀れな借金まみれの男ですよ」


使い捨ての駒。黒幕にとって、ヘイワードはそういう存在だったのだ。

そして、その事実は、我々にとって最大の好機を意味していた。


カイン卿が尋ねる。

「どうします? 騎士団の権限で身柄を拘束して、吐かせますか?」


「いいえ」

私は、首を横に振った。「公に動けば、グランヴィル公爵に感づかれます。それに、彼のような人間は、力で押さえつければ、保身のために嘘で塗り固めるだけ。彼が今、喉から手が出るほど欲しがっているものをちらつかせて、自ら全てを話させるのが最上の策ですわ」


私の瞳に、新たな作戦の光が宿る。

「アシュベリー卿。少し、お芝居に付き合っていただきます」

「……また、ですか」

「ええ、またです。あなたは、闇金業者の手荒い取り立て人として、ヘイワードに接触してください。彼の心を、完膚なきまでにへし折ってやるのです」


「それで、あなたは?」


「絶望の淵にいる彼に、救いの手を差し伸べる“謎の貴婦人”として、登場します」

私は、悪戯っぽく微笑んでみせた。


カイン卿は、一瞬呆れたように天を仰いだが、やがてその口元に、どうしようもなく楽しそうな笑みが浮かんだ。

「……あなたは本当に、人が悪い」


「最高の褒め言葉ですわ」


私たちは、顔を見合わせて笑った。

それは、危険な任務に赴く前の、共犯者たちの笑みだった。


「では、早速始めましょうか。次の舞台は、王都の歓楽街。主役は、借金まみれの哀れな元宮廷魔術師です」

新たな作戦を開始するため、私たちは静かに、しかし迅速に動き出した。

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